サロン・ド・ヴェール 絵画教室

第5回  「油絵で描く」

 

油絵の具の良い点、悪い点、注意点

油絵は15世紀の頃ヨーロッパで発明された画材です。その源は東洋の漆だとも言われて

います。

油絵の起源が東洋にあるというのは何か心楽しいことではあります。

油絵の第一の特長は、完全に乾くと驚くべき頑丈なモノになるという点。ほぼ永遠に保存

できます。プラスチックのような堅牢さです。

混色が自由で、けっこう乱暴なことをしても酷い結果にはならない。

私が使い慣れているせいもあるのでしょうが、油絵の具ほど自由で頑丈な画材はないと思

います。しかも何百年にわたる信用があります。

つまり、油絵技法の原則は自由自在ということです。

ただし、いくつか例外があります。これを覚えてしまえば(できれば頭ではなく腕に覚え

させる)、キャンバスの上でわれわれは神になれます。

しかし、油絵の具のどうしようもない欠点を忘れないでください。

それは、臭くて汚い! 

服に付いたらまず取れません。手の汚れも石鹸でだいたいは取れますが、きれいに取るに

は30分ぐらいかかってしまいます。だから、私の手はだいたいいつも汚い。手を石鹸で

丁寧に洗っても私の限界は3分。できれば30秒以内に終わらせたいところですから。

キャンバス上で乾くとプラスチックのようになるということは、筆を洗わずに放置すると

完全にダメになります。超グータラな私でも筆だけは必ず洗います。買うとけっこう高価

だし、買いに行く手間より、やっぱり洗う方がはるかに楽です。そういう注意点だけはしっ

かり守ってください。

 

油絵の具の特質

油絵の具が他の絵の具と違う最大の特質はどの色もあくまでも透明であるということ。こ

れは透明水彩の「透明」とは意味が違います。油絵の具は重ねても重ねても下の色が出て

くるのです。時間が経てば必ず下の色が出てきます。ですから、油絵で他の人の絵を完璧

に模写することはできません。油絵とは人知を超えた偶然の積み重ねなのです。もちろん

ある程度コントロールすることはできます。しかし、この油絵の特性を心得ている絵描き

とそうでない絵描きとではできた作品はまったくベツモノになってしまいます。

この特性を十分に心がけて描いた美しい絵は晩年のルオーのキリストの肖像などです。ま

た日本の長谷川利行も不思議なほどにこの特性を知っていました。あんな日本人画家は他

に思いつきません。油絵の特質をよく知り、それを楽しんで描いているのです。長谷川は

日本絵画史上に燦と輝く油彩画家です。これは嘘偽りない真実。

LAKE-YAMANAKA      LAKE-YAMANAKA

 

よく使う絵の具

まずパレットにほんの少しずつ絵の具を並べます。並べ方は左から暗い色から並べ、徐々

に明るい色にしてゆき、最後は白を置きます。たくさん出さないことがポイント。

描く順序などまったく自由なのですが、だらだら描かないことが大切。さっと描いてさっ

と終わる。これは日本人の持つ油彩画のイメージからかけ離れてしまいますが、油絵とい

うのはその日のうちに描き終わったほうがいいのです。

いいと言うのは、あとで変色したりひび割れしたりしないということです。

描き始めは、透明色を使います。もちろん油絵の具はすべて透明色ですが、透明度の強い

もの。ウルトラマリン(私はこれは使いませんが)、クリムソンレーキ、バーントアンバー

などです。

 

ホワイト

白は大きく3種類あります。チタニウムホワイトとジンクホワイトとシルバーホワイトで

す。

私はチタニウムホワイトをおすすめします。一番混色などが自由で、滅多に割れることが

ありません。しかし、ちょっと冷たい感じがあります。

混色は自由ですが、けっこうひび割れするのはジンクホワイトです。チタニウムホワイト

より温かい感じがあります。もっとも一般的に使われている白です。2つを混ぜてミック

スドホワイトなどというのもあります。

3番目のホワイトはシルバーホワイト。地塗りに使いますが、完全に乾くのに6ヶ月かか

るとも言われ、猛毒とのこと。そのうえ、混色も難しいのです。だから、ほとんど使いま

せん。しかし、6ヶ月間乾かす覚悟で地塗りに使うと得がたい地が出来上がります。ちな

みに、シルバーホワイトも乾けば無害です。

他によく使う色はイエローオーカー。黄土色です。

 

描く絵の具・置く絵の具

以上5色は最低必要な色です。ま、これだけあれば十分絵が描けます。初めはこの5色だ

けで描くというのもうまい修業方法です。

LAKE-YAMANAKA    LAKE-YAMANAKA

だいたい、上の5色で「絵を描き」ます。あとはその絵に色を置くのです。この考えはと

ても大切。絵の具は塗るものではなく、キャンバスの上に置くものなのです。慈しんで、

喜びを持って、そっと、あるいは力強く、はたまた語りかけるように、思いを込めて置い

てください。

ヴィヤールの絵はまさに色を置いた絵。

LAKE-YAMANAKA

置く色では赤はカドミウムレッドパープル、青はコバルトブルー、黄色はカドミウムイエ

ローライトとカドミウムイエローディープぐらいでしょうか。

 

緑は絵を破壊する!

みなさんの一番の疑問は緑はどうするんだ? という疑問だと思います。緑はビリジャン

だけあればいいという人もいますが、私は緑はいらない! とさえ思っています。緑はダ

メです。十分気をつけてください。緑は絵を破壊します。

とは言っても緑なしには絵ができません。緑は弱い緑。グリーンコンポーゼライトとかグ

リーンコンポーゼディープなどを使います。これだと弱い色なので他の色を食いません。

 

絵を食う絵の具

そうです。油絵の具には強い色。色彩が強烈なのではなく、物質としての色が強く、他の

色を食ってしまう恐ろしい絵の具があるのです。ビリジャンもその一つですが、私がよく

使うプルシャンブルーも要注意絵の具。初めは避けたほうが賢明です。代わりにウルトラ

マリンをおすすめします。最悪最低な絵の具がライトレッド。絵の具箱にあったらすぐ捨

てたほうがいいです。あれは絵の具ではなく悪魔です。ウンコです。

また、黒もむずかしい絵の具。私は一切使いません。どうしても使うときはランプブラッ

クを使います。これはランプのすすから取った黒で、東洋の墨に近いものです。ふつう絵

の具セットに入っているのはアイボリーブラックです。ま、いろいろやってみることも大

切ですが、かの睡蓮のモネは黒を一切使いませんでした。

 

ボロで描く

油絵の具はいったんつけると、いくら拭いても落ちません。95%まではボロキレで落と

すことができますが、必ずシミが残ってしまいます。

ですが、キャンバス上で、95%以上落ちるということは凄いことです。失敗した線がさっ

と消えてしまうのです。エンピツを消しゴムで消す手間を思うと、夢のような現実です。

木炭はエンピツよりずっとこの油絵の特性に近いと言えます。

木炭にはパンが付き物です。木炭の失敗はボロで掃くかパンで消します。パンはぎゅっと

つぶして尖がらせてすっとなぜれば白い線ができます。木炭デッサンはパンで描くとも言

われます。油絵もボロで消すことができます。ボロの端を硬く丸めて「消し描き」も可能

です。だから、ボロは最重要画材なのです。筆と同じくらいの価値があるのです。かのボ

ナールは「片手に筆を、もう片方にはボロを」と言い残しているぐらいです。

水彩ですと、いったん描いてしまうとボロに水をつけて消しても80%ぐらいしか消えま

せん。ま、それだけ消えれば十分ですが。油絵は95%以上消えてしまいます。ボロに画

溶液をしみこませて拭くと、描きたての絵は本当に絵がなくなってしまいます。痕跡すら

残りません。ただ、真っ白なキャンバスにはならないだけです。

この特性を作品に活用することもできます。

 

終わったら

絵ができたら、パレットはともかく、筆は必ず洗います。ブラシクリーナーか石油で洗い

ます。私はテレピン油で洗っています。だから、そのまますぐ次の絵が描けます。ちょっ

と贅沢ですが。

ふつうは、クリーナーで洗ったら、固形の洗濯石鹸で洗います。こうして置けば完全です。

パレットの絵の具も取って新聞紙などに塗りつけて捨てる方法もあります。紙パレットと

いう便利なものも売っています。一回限りで捨てる方法です。しかし、パレットについて

いる絵の具は次にも使えますから、取り去ることもないでしょう。真ん中の混ぜるところ

だけボロで拭いておけばいいと思います。もちろん私のパレットはグチャグチャです。ス

ミマセン。

 

加筆など

絵に加筆したいときは完全に乾いてからやってください。ま、原則加筆はやらないことで

す。絵の具が割れるし、だいたい作品の質も落ちます。みなさんは自分の才能を信じたい

でしょうが、残念ながら、人が絵を描きたいと思う気持ちを日を置いて維持し続けること

はできません。絵を描きたいという気持ちはそんな間延びしたダラダラしたモノではない

はずです。そんな風には絵はできません。少なくとも歴史に残っている絵画はほとんどす

べて一回勝負です。何日もかけて描いたというような話は、絵を描いたことのない美術史

家が頭の中で作り上げた幻想に過ぎません。残念ながら、コーヒーを飲みながらのんびり

やるというようなテレビのコマーシャルのような制作はありえない、とお考えください。

 

図版は左・上から順次、

*ルオー「キリストの顔」1933年 キャンバス 油彩 91×65cm

*長谷川利行「上野風景」1835年頃 キャンバス 油彩 31.5×40.6cm

 画面右下の黄色など「絵の具を置く」という感触を味わってください。

*モネ「チャーリング・クロス橋」1899〜1901年 キャンバス 油彩 60×100cm

 モネが60歳前後に描いた油絵。ほとんど絵の具を使わずに、これだけ美しい絵が描け

 るのです。

*パスキン「二人の女、ジネットとミレーユ」1930年頃 キャンバス 油彩 92×73cm

 解説には「けだるい官能」などとあります。その前にわれわれは「少ない油絵の具で描

 く」パスキンの技法を学びましょう。

*ヴィヤール「絨毯の上の子供」1904年 パネル 油彩 37×53cm

 この画像は全体のコントラストも強すぎるし、色もはっきりしてしまいましたが、原画

 はもっと抑えてあります。こう見ると白も立派な色彩です。物質としての絵の具の効果

 がわかります。

他のテキスト

第1回絵画教室「りんごを描く」(03年7月16日)/第2回絵画教室「手を描く」(03年8月13日)

第3回絵画教室「顔を描く」(03年9月3日)/第4回絵画教室「花を描く」(03年9月17日)

第6回絵画教室「バラを描く」(03年10月15日)/第7回絵画教室「風景を描く」(03年11月5日)

第8回絵画教室「静物を描く」(03年11月19日)

絵画教室のご案内のページ

 


最初のページ
Head Page