唇 寒(しんかん)集31<09/3/7〜7/25>

 

09年7月25日

先週の答えはどうもブログのほうでやってしまったみたいだ。すなわち、イッキ描きではなくシンケン描き。個展を開くことで自分を追い

詰める。描かなければならない状況に持ってゆく。

どうも、古典美術のように高尚ではない。ま、しかし、説得力はある。誰でも納得してもらえると思う。とにかく描かなければ腕はどんど

ん落ちる。描き続けなければならない。マグロみたいなものだ(マグロは泳ぎ続けないと死んじゃうのだ)。こいでいないと倒れる自転車

にも似ている。何が何でも描き続けていなければならない。

そこで、絵って男子一生の仕事か? って城山三郎みたいな問題提起になっているのが今のブログ(ちなみに私は城山三郎を一冊も読んで

いません)。

もちろん私は59歳(なったばかりで〜す=喜ぶ歳か!?)。この歳になっては男子一生の仕事だろうが何だろうが止めるわけにも行かない。

私の人生いったいなんだったの、ってことになる。

正直申し上げて、犯罪でない限り一生の仕事じゃない仕事なんてないのだ。どんな仕事だって(男だったら)男子一生の仕事だ。マンショ

ンの管理人だってやってるときはそう思ってやっている。当たり前である。いくら少なくたって金貰っている以上はやるべ。

 

09年7月18日

先週「画家のモチベーションなどは、作品にとってはどうでもいいことだ」と書いたが、それは見る側の立場で、描く側、創る側の立場に

なれば、モチベーションはすべてだとも言える。

この前、東京国立博物館で公開された阿修羅像は興福寺最高の仏像だ。阿修羅のほかにも奈良には驚くべき仏像がひしめいている。東大寺

三月堂には日光月光両菩薩がいて、その後を執金剛神が守っている。この三体だけでも素晴らしい。阿修羅に引けを取らない傑作である。

もちろん美術品としての価値は計り知れないが、もともと美術品ではない。仏像である。美術品としては、日本の彫刻史上最高の作品。そ

れが美術品として作られたのではないのだ。信仰の心で作られた。ここのところをよくよく噛み締めるべきだ。ギリシアの彫刻もルネサン

スの絵画もすべて美術品として作られたわけではない。世界最高の美術品を生んだモチベーションは宗教心だった。私が繰り返し褒め称え

る牧谿の絵画も禅宗という宗教から生れた美術なのだ。美術は結果である。

いま、世界中がアートに迷っている。アートなんてないのだ。目を覚ましていただきたい。

では現代に生きるわれわれはどうやってモチベーションを保つのだろうか?

ここが最大の課題なのだ。

きっと、おそらく、来週に続く。

 

09年7月11日

たとえば、小磯良平の絵が嫌いな人はいないと思う。あの絵を一番嫌っていたのは小磯自身かもしれない。それは、あの、逃れようとして

も逃れきれないブルジョア趣味。戦後の一時期、小磯は労働者の家族などを描き、自分が戦争画を描いたことを物凄く隠していた。そんな

に主題って重大だろうか? 絵はあくまでも造形である。何が描いてあるかとか、画家のモチベーションなどは、作品にとってはどうでも

いいことだ。

で、その造形的見地から小磯の絵を思い出すと、質感や空間描写が抜群に素晴らしい。天性の才を感じる。いっぽう、絵が薄っぺらで厚み

がない。軽い。おそらく何年も見続けていると飽きてしまうような気もする。描け過ぎて手こずらないから絵に厚みがないのだと思う。あ

んなに上手いんじゃあ、絵に苦労がない。私のイッキ描きにも似ているが、こっちは、失敗ばかり。泣きたくなるほど手こずる。その分面

白みがあるかも。

そこで、空間描写とか質感の話だが、やっぱりそういうものは具象絵画の命だと思う。私は放棄するつもりはない。もし私の絵にそういう

ものがないなら、それは私が下手だからだ。絵はもともと平らなもの、そこに奥行きがあるように見えるからドキッとする。楽しい。絵画

の必要条件だと思う。

金井画廊の金井さんは絵画の命は絵具の発色だとおっしゃる。それも必要条件だ。いろいろな必要条件が重なると十分楽しい絵になる。

人体だったら、しっかりした骨格があり、綿密な肉付けがなければ面白くない。それが、動きの瞬間だったらさらに素晴らしい。まことに

ホモサピエンスは美しい。なかなか上手く描けない。

 

先週「『最新作』のページが満杯になってしまったので、今週は、新作の更新が出来ません。来週までに新方式を考えます」とお知らせし

たが、今日も出来なかった。明日必ずやります!

 

09年7月4日

今日はブログでラファエロの「アテネの学堂」の原寸デッサン(カルトン)の話を取り上げた。そのとき、いろいろなラファエロのデッサ

ンが目に入ったが、「けっこう下手だな」と思ってしまった。37歳の若さで世を去ったのだから、長寿をまっとうしたティツアーノやミケ

ランジェロに比べれば熟練の域には達していないかも。もっとも、10歳ぐらいから工房に入って修業を積んだのだから、37歳といっても、

相当のベテランであることに変わりはない。事実、年長のミケランジェロやレオナルドと仕事を分け合っている。それでも、線がまだまだ

固いな、と感じた(上目線でゴメン)。

しかし、ラファエロは盛期ルネサンスの真っ只中で画壇の寵児として登場し大活躍した。今のイチローとか中田英寿みたいもの。そして、

イチローとか中田みたいにちゃんと頑張った(イチローは初め球界の寵児ではなかったけどね)。その頑張りは、ルネサンス流リアリズム

の追求である。妥協しない頑張りだ。その向上心は感動に値する。だから、線に粘りがあり、空間に不思議な魅力がある。何とも言えない

深みがある。それがキリスト教への信仰という精神に支えられている(ラファエロはユダヤ教だったという説もある=ちょっと?)。頑強

な絵画の秘密はそこにある。アングルが唸り、ルノアールが驚愕したラファエロの真なる画肌を、われわれもまた、よくよく心に刻むべき

である。

 

09年6月27日

澤柳大五郎はギリシア美術のそのオリジナルを褒め称えている。ローマ時代の模作(ローマンコピー)ではなく、古代ギリシアの息吹を知っ

てもらいたいと訴える。とくにギリシア盛期の傑作だ。われわれがよく知っているアポロもマルスもギリシアのオリジナル彫刻ではない。

すべてローマンコピーだ。また、ミロのヴィーナスやサモトラケのニケはギリシアのオリジナルだがだいぶ時代が下る。ギリシア盛期では

ない(ヘレニズム期)。

では、生粋のギリシア盛期の最高傑作は? と言えば、大英博物館のエルギン=マーブルである。まったく、あの巨大な彫刻群がこの21

世紀でも見られるというのが奇蹟だ。ああ、死ぬまでにもう一度見たい。それから、ギリシアに行きたい。パルテノン神殿が見たい。エル

ギン=マーブルが安置されていた本来の神殿だ。ついでに中国の長江に行きたい。牧谿が住んだ西湖も見たい。だけど、牧谿の故郷の成都

までは行きたくないなぁ。遠いもん。三国志の劉備のギンギラな彫刻とか見たくないし。また、中国には牧谿の作品はない。

ま、だいたい無理。パスポートもない。エルギン=マーブルは一度見ているんだから十分幸せだ。また、牧谿も重大なのは作品であり、そ

れらはほとんどすべて日本にあり、けっこう見尽くしている。

自分の場を愛そう! 遠くへ行くことはない。マンションに通勤する途中にも美しい花がいっぱい咲いている。これからもまだまだ咲く。

 

09年6月20日

やっと新しいホームページになった。しかし、ギャラリーの「花」のページはまだ完成していないし、他のジャンルの絵もけっこう古くなっ

てしまった。そろそろ全とっかえしないとダメか。

今日は太宰治の桜桃忌だ。私と同じ「おさむ」だ。両親が太宰に傾倒して名付けたと聞く。ま、文字までは傾倒していなかったらしい。

太宰の『走れメロス』は、私が中学生の塾をやっているころには国語の教科書に載っていた。重要単元だったように記憶する。あの太宰の

文章が素晴らしいのは人間を褒め称えているところ。少し前に書いた水墨画の研究者の高橋範子も『水墨画・墨蹟の魅力』(吉川弘文館)

のなかで牧谿を讃えている。「禅余のあたたかみのある墨の潤いに満ちた絵画世界を創りあげた」(p20)

また、澤柳大五郎は『ギリシア美術』(岩波新書)のなかで「この調和と均斉の民、端正典雅の人間の作品の中にもまた測り難く奥深い、

究めつくせない人間の心の奥底から湧き出でる初発の生命を感ぜられるに違いない」とギリシア美術を賞賛している。

人が心底感動したものを讃える言葉はそれ自体すでに芸術である。

 

09年6月13日

「そろそろ新しいホームページになる。この「唇寒」は毎回保存され、前回の分もすぐ読めるシステムに変える。画像も前週の分まで見ら

れるようにする。今日は出来ないが、2〜3日のうちに完成させる予定」と先週書いてもう一週間と1日が過ぎてしまった。本当なら昨日の

夜更新するはずなのに、パソコンがフリーズしてしまい、このパソコンは古いのでフリーズすると、翌日(=本日)まで使えない。今は無

事機能している。で、画像のほうはもう少し掛かるが、「唇寒」は今日から前回まで読めるシステムにする。「読める」と言っても、それ

ほど価値のある文章ではない、ま、今これを読んでくださっている方はよくご存知だろう。

で、結果として仏教やキリスト教はもてない男を救っているが、それはあくまでも結果論である。仏教やキリスト教の目的は人々が仲良く

末永く暮らすことだと思う。男と女のことも本当に難しい(と思う)。自分は男なので女性の立場は分からないが、一般的に女性は誰もが

魅力的だ、というか誘惑の武器を持っている。基本的に男には性欲がある。子供のころから自動的に備わった欲望だ。成人するに従って巨

大化する。ま、女性にも性欲がないわけではないが、男のように切羽詰ったものではない(ような気がする)。たまに男のような性欲の持

ち主もいるらしいが、不幸にも私は出会ったことがない。

女性の誘惑の武器は絶頂期の肢体や表情だ。絵描きはみんなこれが表現したい。ピカソのテーマもそればかり。私の父の最高傑作もこれが

テーマ(だと思う)。その絵は私が譲り受けたが、今はなぜか妹の家にある。玄関に飾ってある。ヘンなものを玄関先に飾ってあるな、と

いつも思っている。

仏教やキリスト教の話をするはずが妙な方向に行ってしまった。ま、いいか。

 

09年6月6日

ま、だいたい宗教とか哲学というのはもてない男のためにある。キムタクとかヤマピー、マツジュンなんかには哲学は要らない。もてない

男というのは大変なのである。物凄く大変だ。しかも、もてない男が世の大部分を占めている。蟻や蜂の世界なら働き蟻、働き蜂として大

活躍する。しかし、人間は難しい。特に最近平等とか対等とか「誰にもみんな権利がある」なんて思想が定着しているからいよいよ難しい。

禅も、もちろんもてない男を救う手段である。だから山下先生みたいな伊達男には理解できないのかもしれない。また、一休さん(=一休

宗純)はけっこうヤバイところで遊んだと自分で言っている。森女という女性と親密な関係になったらしい。そういう思想もある。良寛様

も貞心尼と深い関係だったという説もある(私には信じられない)。そういういろいろな情報から雪舟もヘンな禅僧だったのかもと類推し

たのかもしれない。

さらに、弘法大師空海の真言宗にも理趣教という男女の仲を説いたお経がある(らしい)。

ま、どんなものにも裏と表があるということ。

サザンの音楽ももてない男の応援歌だと思う。

そろそろ新しいホームページになる。この「唇寒」は毎回保存され、前回の分もすぐ読めるシステムに変える。画像も前週の分まで見られ

るようにする。今日は出来ないが、2〜3日のうちに完成させる予定。

また、インターネット美術館(とりあえずグーグルで検索してください)で私の企画展をやってくれている。今回は富士山などの風景画だ。

 

09年5月30日

先週の最期の三行は、やっぱりあれだけじゃ気が済まない。

だいたい禅僧になる覚悟というものは並大抵のものではない。『正法眼蔵随聞記』の「八」に「無常迅速なり、生死事大なり」とある。若

者が仏道に入る意気込みはもっとも偉大である。『正法眼蔵』にもそのことが書いてある。最初の志が一番。ここにすべての悟りがあると

言っている。

比べるのも憚られるが、絵画教室でも入会後の最初の一枚は誰でもみな傑作を描く。人生の半分を終え、残り半生を楽しもうという絵画教

室でも、やっぱり最初の志は素晴らしいものなのだ。

雪舟もそうやって禅僧になった(のだと思う)。上記の『正法眼蔵』などは曹洞宗の道元の著作で、雪舟は臨済宗の僧侶だから多少の違い

はあるが、ま、禅宗に変わりはない。

そういう坊さんが描いた絵だ。風景はお釈迦様の姿なのだ。

第一、「四季山水図」でも何でも一目見れば雪舟の心意気がわかる。やっぱり見るほうも背筋が伸びる。ピシッとした気持ちになる。ここ

が絵画の原点だろう。どういう人間が描いたか、見ればわかりそうなものだ。ニンポーのヤバイところで遊んでいたなどとても信じられな

い。憧れの中国へ来て、「そっちかよ」と言いたくなる。山下先生も世界各国飛び回っているようだが、ヤバイところで遊んでいるのだろ

うか? 雪舟の絵からそういうだらしない感じはまったく受けない。

 

09年5月23日

宇宙飛行士の若田さんが宇宙ステーションでオシッコを飲んでいる映像がテレビに映った。これはまさに現代の宗教だ。科学教という信仰

の実演だ。どっかのインチキ教の空中浮遊にも似ている。だけど、若田さんのはインチキじゃない。きっと本物だと思う。だいたい、空気

も水も重力もない宇宙にいること自体、凄すぎる。ムチャクチャだ。

宇宙飛行士は厳しい訓練に耐え抜き、身体も十分に鍛え、狭いところで数人の人々と長く暮らすから性格も穏やかで、そのうえ学識も高い。

まことに現代最高の人材なのだ。やってることは正気の沙汰ではない。本当に何を考えているのか、不思議になってくる。

昔の宗教家も同じような人々なのかもしれない。フランシスコ=ザビエルはイエズス会の2だったという。そんなに偉い人がこんな東のは

ずれの島国まで来るというのに驚く。まさに現代の宇宙飛行士の気概か? 唐の鑑真和上は5度も渡航に失敗し、6度目に日本にたどり着い

た。そして正しい仏教を伝えようとした。日本の僧に正式な受戒をするためにがんばった。これまた宇宙飛行士と同じぐらいの勇気がある。

日本から中国へ渡った多くの僧もみんなエリートだったと思う。漢文の知識はもちろん、中国語がぺらぺらという僧も少なくない。外交官

としての役目も担ったらしい。

鑑真から約700年後に中国へ渡ったのが雪舟だ。だけど、それほど渡航技術が進歩していたとも思えない。やっぱり命懸けだったと思う。禅

僧・雪舟の入明をあまり簡単に考えるのはいかがなものだろうか?

先週も書いた山下裕二先生は『雪舟応援団』(中央公論新社)の90ページで、明に渡った雪舟が坐禅もそこそこに「寧波(ニンポー)の港

近くのけっこうヤバイところで遊んでいたかもしれない」と述べているが、ちょっと見識を疑いたくなる推測だ。ありえねぇ〜、って感じ

である。

 

09年5月16日

「イタリアからスペインまで、ギリシャから日本まで、絵の描き方にはそれほど違ったところがあるわけではない。どこでも、大切なこと

は生命をその本質的な特殊性において要約することだ。それ以外は、ただ芸術家の目と腕の問題だ」

というのはドガの言葉。この言葉の中の「生命をその本質的な特殊性において要約すること」というところがもっとも重大である。「本質

的な特殊性」とは何か? 

ドガの言葉を牧谿の絵に当てはめてみる(ドガは中国の絵を例に挙げていないけどね)と、牧谿の生命の本質的な特殊性をたださなければ

ならない。これはきっと仏教の精神であり、禅の精神だと思う。ここのところが一番肝心なのだ。

今また、山下裕二先生の雪舟論を読んでいるが、雪舟(1420〜1506)が禅をどのように考えていたのか、ここのところがたいへん疎かだ。

同時に読んでいる正木美術館の水墨画の本は禅を重要視している。私は、雪舟にとって禅はハンパなものではないと思う。むしろ、絵より

禅だと思う。雪舟を慕った雪村(1504〜1590?)もまた禅僧だ。ここに雪村の信用がある。ゴッホは牧師で、鉄斎は神主、村上華岳(1888

〜1939)も画家にならなかったら宗教家になりたかったと言っている。重大なのは絵描きの技ではない。精神である。

 

09年5月9日

本来なら、このホームページの更新は今晩の夜中なのだが、これから豊橋に行くので早めの更新となってしまう。いま、この「唇寒」と表

題の画像を毎週見られるように設定を考えている。もうしばらくお待ちください。このようなことを毎週述べている。よほどPC能力がない

のだと思われてしまうが、まことにそのとおりなので、お恥ずかしいばかりだ。

で、4月25日に四川省の大地震に触れて「数年前に大地震があった」と書いたが、とんでもない。去年だった。まことに申し訳ありませんで

した。

世の中にはわからないものが多い。アメリカのお笑い映画とか。全然面白くない。もちろん、無声時代のチャップリンとかバスターキート

ンなどは素晴らしい。現代のパロディ映画とかだ。また、ホラー映画もつまらない。見ていないが、三谷幸喜のお笑い映画も物凄くつまら

なそう。まったく見る予定はない。また、遊園地のアトラクションも「なんで金払ってまで怖い思いするんだよ」と言いたくなる。昨日の

NHKの草食男子とかもイカレテイる。われわれは有性生殖の哺乳類である。こんな大原則、馬鹿馬鹿しくて言いたくもない。「恋愛は傷つく

から嫌だ」なんていうのは話にならない。それじゃ、詩も歌も絵も生れないだろ。洒落じゃなく子供は生れない。何で生きてるの?

世の中、まったく分からないことだらけである。

 

09年5月2日

ついにゴールデンウィークに入った。もちろん私にはほとんど関係ない。昔からカレンダーどおり。今のマンションももちろんカレンダー

どおりでしかも無休だ。もっとも当番制だから、私にも休みはたくさんある。ホームページを作り直さないといけないかも。とにかく、こ

のホームページにはいろいろとお世話になっている。ホームページをなおざりにしてはいけない。何とかしなくては・・・

ブログでもホームページでも、西暦1000年から1500年ぐらいにかけての水墨美術がいかに素晴らしいかを述べてきた。中国から日本に至る

壮大なスケールで展開された。朝鮮の水墨画にも素晴らしいものがある。それは青磁や白磁の歴史とも重なる。

時代が凄いから、われわれには思いも及ばない。禅僧の求道心もハンパじゃない。ノーベル賞を目指す現代の科学者のような探求心だった

と想像できる。

ま、われわれは水墨画を見て当時の厳しい修行僧の思いに憧れるしかない。水墨画が残っているだけ幸福である。

 

09年4月25日

いま映画『レッドクリフ2』が盛んだが、あの「三国志」の諸葛孔明は蜀の出身だ。蜀は現在の四川省。数年前に大地震があった。長江の

上流に当たる。

三国志によれば蜀の国は理想郷、桃源郷、ユーピア。素晴らしい土地に素晴らしい人が住んでいたと言う。本当かどうか知らない。今の成

都だけど、もちろん行ったこともない。

しかし、私は昔から長江に文明がないのはおかしいと思っていた。どう考えても黄河より住みやすいだろう。気候は温暖湿潤。梅雨もある。

日本とよく似ている。納豆も食べるという。

その蜀に生れたのが牧谿だ。その師の無準師範(ぶしゅんしぱん=無学祖元の師であり、円爾の師でもある)も蜀の人。牧谿が蜀の出身な

ら史上最高の画人であっても何の不思議もない。

なんか神がかったような話になってしまったが、どうもいろいろ符合する。

で、長江文明というのはどうもあったらしい。黄河文明に匹敵するというが、とにかく文字がなかった。文字がないと、文明としては致命

的らしい。文字なんてなくても意思の疎通はできると思うが、やっぱり、文字は時間差で意思の疎通ができる。文明の厚みがちがうかも。

私にはなんとも言えない。文字がないところがいいかもしれない。わかんねぇ〜。

ちなみに、『レッドクリフ1』をこの前テレビで見たが、全然面白くなかった。映画の質も三流かも。『レッドクリフ2』も、とりあえず見

る予定はない。

 

09年4月17日

ホームページのデザインの一新はなかなか難しい。マンションもあるし、昔のように暇ではない。ま、暇でも全然やらなかったけどネ。

水墨画の美術史家は本気で水墨画が一技法だと考えているようだ。つまり、絵の描き方だと信じ込んでいる。つまり方法ということ。私の

考えとは根本的に異なる。

天皇や執権などの為政者が禅僧に近づいたのは、禅僧が中国語が堪能だったからだと言う。中国とのパイプに便利だったからだと言う。確

かにそういう面がなかったとは言えない。そういう実利の話は説得力がある。「なるほどな」と思ってしまう。

しかし、元が攻めてくる。無数の元の軍艦が玄界灘の水平線を真っ黒にしてしまう。この国難に際して、命を投げ出して戦うことがどうい

うことか、どれぐらい怖いか、想像していただきたい。このときに真のアドヴァイスをした人間が禅僧だったと推察できる。それは、命を

捨ててかかれということだろう。少なくとも、そういう迫力があったから、天皇や執権は禅の高僧に帰依したのだと思う。現在の葬式仏教

とは違うのだ。ここのところをよくよく頭に入れて考えるべきである。現に元軍と命懸けで渡りあった無学祖元(むがくそげん1226〜1286)

は日本に来て多くの禅僧を育てている。天皇や執権からも篤く帰依された。この無学は牧谿の兄弟弟子である。

 

09年4月9日

今日から豊橋に行く。また土曜日の朝に更新できないから、いま更新してしまう。忘れてしまったり、豊橋へ行ったり、不規則で申し訳あ

りません。

そのうえ、私のホームページは見逃すと消えてしまう。ブログのようにどんどん上から積もっていって、古いものはいつでも見られるよう

なデザインにしないといけない(ただいま前向きに検討中)。

で、遺偈(ゆいげ)までたどり着いてみて、もう一度、ヨーロッパの写実と東洋の墨蹟のちがいを考えてみる。

パスカルの『パンセ』に絵画へのコメントがある。「原物には誰も感心しないのに、絵になると、事物の相似によって人を感心させる。絵

というものは何とむなしいものであろう!」(講談社版『定本パンセ』断章番号40)。

これに対してドガは「このむなしさそのものが芸術の偉大さなのだ」と答えた。

たとえば、ラファエロの『アテネの学堂』のカルトン(壁画と原寸大のデッサン)には圧倒される迫力がある。それは、写実を描こうとす

るラファエロの意欲が見えるからだ。結果としての写実的な画面ではなくその裏にある画家の意欲がガンガン響いてくる。凄い気迫だ。同

質の迫力はクールベの画面からも感じられる。これに対してフランスアカデミズムの巨匠ブグローの絵は弱い。見れば奇麗だが、すぐ忘れ

てしまう。どうしてか? それはブグローの目的が流麗な画面を作ることであり、それを意欲よりも方法でやっているからだ。安易であり、

見飽きる。また見たいという気にもならない。

ここのところに最初から気がついていたのが中国の水墨画だ。それは牧谿あたりで頂点に達する。牧谿画のエッセンスともいえるものが禅

僧の遺偈(ゆいげ)だと思う。ブログに図版を掲載しているので是非ご高覧いただきたい。今後も、一休とか清拙などもアップしてゆく。

 

09年4月5日

またホームページ更新の日取りを間違えてしまった。というか、すっかり忘れていた。

しかし、興味は先週の課題を追っている。ブログのほうはその話で持ちきりだ。で、やっと遺偈(ゆいげ)にたどり着いた。もちろん、こ

ういう思考のルートはずっと前に知っていた。気がついていた。だけど、いつも忘れている。そんなのいちいち覚えていない。自分の思っ

ていること、やっていることを誰かに説明しようなんて考えていない。

でも、やっぱりある程度の説明義務はあるかも。パクられそうな政治家ではないのだから説明義務というほどでもないけど、絵を買っても

らっている以上、ただ描けばいいというものでもない。

遺偈(ゆいげ)とは、死に臨んだ禅僧が、死力を振り絞って最期の心境を書に残したものだ。だから、80歳とか85歳などの老僧の書となる。

まさに最期の墨蹟だ。これは禅宗の慣わしで、けっこう有名な僧の遺偈が残っている。一休さんの遺偈もある。

松尾芭蕉も言っているが、作品はすべて遺言であるべきだ。いつも最期だと思って筆を取るべきだ。これが東洋の書画なのだ。

で、これは言葉ではわからない。いろいろな僧の遺偈をお見せするべきだ。これはブログのほうでやってゆこうと思う。金井展で知ったが、

けっこうお若い方が私のブログを見ている。ちゃんとわかりやすく示さなければいけない。

だけど、金井画廊へ通うのもたいへんだった。やっぱり電車に乗っている時間が長いもの。私は子供のころから電車が大好きだが、長く乗

るのは辛い。マンションのほうがいいかも。でも、今日は足が痛くなった。

 

09年3月28日

相変わらず古い『芸術新潮』を読んでいる。面白いが反論もある。どうも美術史家の先生は画僧を専門の画家に見立てたがる。数年前の雪

舟展でも雪舟を僧というより画家だったと言っていた。いま読んでいるのは牧谿。解説は例によって山下裕二先生だ。この先生もやっぱり

牧谿を専門の画家にしたいらしい。そして、牧谿の絵から思想とか哲学とか宗教色を一掃したいらしい。

しかし、それは無理だ。まずその前に、牧谿は禅僧である。これを否定することはできない。雪舟も禅僧だったと思う。

雪舟や牧谿の絵を純粋な絵画として捉えたいと言う。彼らの写実の姿勢を見たいと言う。もちろん、雪舟にも牧谿にも写実の姿勢は伺える。

写実の絵だと思う。しかし、それはヨーロッパの写実とは根本的にちがう。このことに気がついたのはロートレックだ。その少し前のドガ

だ。いったい写実とは何か? 表現とは何か? 絵画とは何か?

東洋の画人たちが13世紀にやっていたことをヨーロッパ人は19世紀の終わりごろにやっと気がついた。

それが絵画の真諦だと思う。

 

 

09年3月21日

他の分野は知らないが、絵や音楽について学校の先生には限界がある。井上陽水やサザンの桑田が音大の教授は無理だべ。絵では美大の教

授は常識と言うか、最高のステイタス。そこが日本絵画界の限界なのだ。第一、その前に陽水も桑田も音大を出ていない。日本の絵描きは

美大出が多い。これも情けない。で、最後に美大の教授? 話にならない。学校絵画で終わちゃうのだ。アカデミズムということ。佐伯の

画歴の最大の弱点は芸大出ってことだ。この画歴を抹殺するのに佐伯がどれほどのエネルギーを使ったか、頭を冷やして思い出せば明白で

ある。

長谷川利行(1891〜1840)も富岡鉄斎(1836〜1824)も美大なんか出ていない。問題じゃないのだ。

私は石膏デッサンを極めた(と自分で勝手に思い込んでいる)のは25〜6歳ごろだから、美大なんて全然合格できないけれど、父に、大学へ

行くなら普通の大学に行くように言われた。この歳になると、その意味がわかってくる。美大なんて行ったら、絵描きのスケールが決まっ

ちゃうもの。

この前、家内にも言われた「小磯、小磯って言うけど芸大の先生だったんでしょ。そんなの問題にならないじゃん」。まったく返す言葉が

ありません。

 

09年3月14日

悪口を言うのは、基本的にはまずい。特にインターネット上では厳禁である。絶対にダメ。だけど、絵について説明するとき何か例を出す

とわかりやすい。悪い例を出すとすぐ納得できる。私は父親に絵の見方を習ってきた。父子の会話だからすべてオフレコである。言ってみ

れば悪口いい放題。だから、私の見解はインターネットではすこぶる危険なのだ。ま、だけどずっと昔に死んでしまっている有名人につい

ては多少の悪口も可能かもしれない(今ここで誰かのことを言う気はない)。

子供たちが携帯電話のメールで友だちの悪口を言い合うのは最低である。携帯が禁止になった。致し方ないが、何か教育の材料にならない

ものかとも思う。能のない教育者はすぐ禁止にする。もっとも、現実に被害児童がいるのだから素早い対応が必要だ。まったく、弱いもの

イジメ、一人を大勢でイジメる。昔からある。人間とは嫌な生き物である。

私は「絵の話」の中で、けっこう言いたいことを言ってきた。もう言うことはない。

絵に描きたいことは山ほどあるし、私の絵はスポーツみたいなものだから、止めることもない。そういえば、音楽の小室さんが捕まってい

て、釈放されたときにピアノを弾きたがり、一晩中弾き続けていたという話があった。絵もああいうものだと思う。絵は描きたくて描くも

のだ。

 

09年3月7日

いろいろ上手くゆかない。先週は「FFFTP」という転送ソフトがおかしくなって更新が遅れた。今週も上手くゆくかどうか?

でも、やっぱり、どうしても瞬間に生きたい。瞬間こそが永遠なのだ。これしか永遠を掴む道はない。われわれ生物は個体維持と生殖の二

つの作業によって繁栄している。これは「食うこととやること」とも言い換えられるし「捕食と性交」とも言える。また、ロマンチックに

「グルメと恋」と言っても許されるか?(私は許したくない) 

われわれ生物は、というか少なくとも人間はこの二つの作業に喜びを感じる。特に空腹の時に飯にありつけると最高の瞬間になる。その瞬

間は永遠かも。恋焦がれる男女の逢瀬はさらに永遠かもしれない。

しかし、人間に限って「寝食を忘れるとき」を持てる。寝食を忘れるとは、個体維持も生殖も忘れるということだ(本来の意味ではないと

思う)。忘れて没頭できる瞬間のことだ。しかも、これは完全に独立している。個体維持も生殖も他者の存在がある。個体維持は殺生であ

る。他の有機物を殺さなければ成り立たない。男女の仲はさらにややこしい。めんどくさい。寝食を忘れて没頭できる瞬間には他者がない。

私で言えば絵を描くこと、泳ぐこと。こういう瞬間こそが永遠だと思う。絵はその永遠を固定化したものだ。レンブラントの永遠、牧谿の

永遠、ティツアーノの永遠、ターナーの永遠、雪舟の永遠が見られる。ここが絵の凄いところ。特に、雪舟の「破墨山水」とか牧谿の「遠

寺晩鐘」などの水墨画は瞬間を凝縮した結晶である。人類最高の筆の跡だ。私のイッキ描きはそういう凝縮を求めている。

丹田呼吸とか適度の空腹などは凝縮に向いている。また、いつも言うように感動、新鮮さ、緊張、喜びは欠かせない要素だ。

 

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