唇 寒(しんかん)集52<17/5/6〜8/26>

17年8月26日

先週は新画法の絵を疑ったけど、悠遊展に絵を出すので部屋に並べて実際に見直してみるとそんなに悪くもない。ダイジョブ、ダイジョブ。

必死で描いているものね。いやいや張ったキャンバスに地塗りして何日も乾かして作った下地だ。結果は失敗ばかりでも、描くときはいつも世紀の傑作を目指すのは当たり前。

もともと新画法はバラの葉っぱを描くのに好都合だった。この夏にはわが酔芙蓉で活かそうと待っているが、わが家の酔芙蓉は蕾があるのにちっとも咲かない。情けない。

立木の花の絵は枝と葉っぱが命だと思う。ま、枝はまっすぐな直線を描けばよい。もちろん牡丹なんかだとグニャグニャ曲がっているけどね。だいたいの茎はまっすぐだ。難しいのは葉っ

ぱ。バラの葉っぱは丸いからまだ楽だけど、芙蓉の葉っぱは赤ちゃんの手みたいでホント難しい。毎年泣きが入っている。今年は新画法があるからと期待しているが、肝心の花が咲かな

い。もちろん茎も葉っぱも描こうと思えば描ける。だけどやっぱ花がなければ始まらないのだ。大切なのは茎と葉っぱだけど、最後に描きたいのは花。

そこのところの矛盾はなかなか言葉では説明しきれない。

そう言えば、茄子は2本植えたけど、1本は枯れてしまった。もう1本は元気だが、ついつい食べてしまい、もうおしまいかと思っていたら、またたくさん花が咲き実も付けている。おそら

くこれは描ける。新画法で近日中に描いてみる。自家製茄子も描き始めて3年ぐらいになる。その絵を買ってもらったことはない。なかなかものにならない。まったく絵ってのんびりした

作業だね。

 

17年8月19日

この5月ごろから新画法などと言って喜んでいたが、その画法で描いた絵が本当にいいのかどうか怪しい、という気がしてきた。それでもとにかくどんどん描き続けなければならない。マ

グロが泳ぎ続けなければならないのと同じ理屈だ。

描くことに意味があるのかどうかとか新画法が妥当かどうかなどは描きながらチェックしなければならない。とにかく描かなきゃ始まらない。困った状況だ。

ところで、作品集は必ず作る。しかし、資金がない。資金と言っても大金ではないが、車検費用もあるし等迦会の会費もある。とても作品集まで回らない。致し方ない。また、どんどん

新作が出来てしまい「あれよりもこれか」などと収録作品に迷いも起こる。困ったものだ。

この前買ったロールキャンバスも残り少ない。少し買っただけだからすぐなくなるのは当然だ。しかし、キャンバスの購入は作品集より優先される。どうしても作品集は後回しになって

しまう。後回しだけど、この作品集販売は新しい純絵画の道を切り開くかもしれない。どんな反応なのか、とにかく200〜300部ぐらい作ってみたい。作ってみないことには始まらない。

この8月に出すと言ったが、無理なようなのでさらに延びる。

しかし、必ず作る。年内に完成すれば大成功と考えている。

古典絵画をふんだんに掲載してイッキ描きを解説した冊子も必ず実現させる覚悟だ。

 

17年8月12日

「アートなんてない。幻想だ」という主張は現代美術界の潮流からあまりにも遠い。いまやアートは既成事実。いまどきアート自体を否定するようなヤツは一人もいない。その否定こそ

が新しいかも。そこが一番アートだったりして。反アカデミズムであることは確か。アートを否定したら飯が食えなくなる御仁は山ほどいる。私の説だと美術大学が成立しなくなってし

まう。

それにしてもつまらない。なんだ、いまの美術界。クソである。ほとんど無視しているからどうでもいいけどね。

じゃあ、画家志望の若い人は何をすればいいのか。「千里の道を行き万巻の書を読む」のだ。何をしてもいいと思う。絵を描いていろいろ苦労して恋をして捨てられて本を読む。絵を描

くといってもデッサンだけでいいのだ。鉛筆で模写と写生を繰り返せばいい。それだけ。金はかからない。でも、ちゃんと古典の美術展に行くとなるとけっこうな出費だ。そればかりは

致し方ない。画集にも金がかかる。ブックオフとかアマゾンをフル活用しても大変。とりあえず10代は鉛筆デッサンで十分だと思う。木炭が使えるようになれば油絵にも活かせられる。

でも、ドガの言う「フォルムの見方」を修得するには古典絵画(とりあえずルーベンス(1577〜1640)、プッサン(1594〜1665)、レンブラント(1606〜1669)などがおすすめか)の模

写と石膏デッサンや実際の静物や風景や人物(モデルがいないから自画像になるけどね)を鉛筆や木炭で描いていれば十分だと思う。デッサンがすべてである。

ヨーロッパ絵画の巨大な森に踏み込んだら、もう楽しくて頭がおかしくなる。まさにタイムスリップできる。そういう巨大な森は上記バロックだけでなくルネサンスがあり写実絵画があ

り印象派がある。さらに古代ギリシアが控えている。そのうえ、インドや中国にもうっそうたる美術の森が広がる。もちろん日本美術も広大。楽しいよぉ〜〜。

現代アートはとっても薄っぺらい。ちゃっちい。つまらない。アホ臭い。

そう言うと「クラシックだってその時代の現代アートだったんだ」なんて必ず反論が来る。言ってろや。ロクに描かないヤツのご託だ。本当のクラシックはすべて前の時代を敬慕してい

る。若さとか現代とかに甘えるのはとてもつまらない。バカだ。

 

17年8月5日

7月28日に二重橋前の三菱一号館美術館に「レオナルド×ミケランジェロ展」(9月24日まで)を見に行った。

最初の部屋のパネルにデッサンの素晴らしさが述べてある。それは巨匠の真筆であり、天才たちが小さな紙に想を練った最初の一歩だからだ。最初の一歩は巨大な絵画や彫像となって人

々を驚かせてきた。しかし、その最初の画面にこそ造形の全生命が込められている。そこにこそ芸術家の意欲と情熱が見える。

ルネサンス時代の大絵画や彫刻は依頼されて作る。工房があり「仕事」として制作作業を消化してゆく。それは現代の製造業と変わらない。企業とも言える。

しかし、レオナルド(1452〜1519)やミケランジェロ(1475〜1564)のデッサンには「仕事」以上の燃える筆致が見て取れる。

造形に向かう真摯な筆の跡だ。もちろん展覧会にはレオナルド本人の手による本物実物が展示されている(はず)。凄いことだよね。500年前の巨匠の手の動きがそのまま伝わっているん

だから。こんなメディアってあるのだろうか? あまりにも直接的な伝達だ。レオナルドそのままだもん。本心生身のレオナルドは要らないよ。作品だけでいい。

で、ここでデッサンの話に戻るけど、ほとんどの大きな絵は工房で弟子たちが作り上げている。最初の構想と最後の仕上げだけ親方がやる。このホームページの『絵の話』「色彩の力」

やわがYou Tubeの「ラファエロ『アテネの学堂』」にも画像を付けて詳しく述べた。デッサンこそが巨匠の本性なのだ。

しかし、システナ礼拝堂のミケランジェロの天井画と壁画はほとんどすべてミケランジェロが単独で描いている。そこがすごい。あれは別格。人類の至宝だ。

で、わがイッキ描きは油絵で直接デッサンを描こうというコンセプト。別に目新しいわけでもない。でも長い美術史のなかから、そういう作業に注目し取り上げ実行し続けているところ

が自慢かも。今回のような展覧会を見ると私の意図はますます正しいと確信する。造形の核心に向かってまっしぐらなんじゃないの。

 

17年7月29日

7月23日に葉山の海に行き神奈川県立美術館の萬鉄五郎展に行き、海の絵を5枚描いて、数十分葉山の海で泳いだ。

萬鉄五郎(1885〜1927)の絵ってよくわかんないんだよね。画集もロクに持っていない。小ぶりの『鉄人アヴァンギャルド』(二玄社)を持っているだけ。

今回も来ていた太陽が描いてある『太陽の麦畑』はゴッホみたいな絵。若いころにこの絵に文句をつけたら、父が「よく見てみろよ。それだけ絵具をつけるだけでも大変だぞ」と怒られ

た。カレンダーの絵だったかも。壁に貼って毎日見た。

今回実物を見たらあまりにも小さいのでびっくりした。1913年の作で大きさは23.5×33.0pだった。

私はその隣にあった『風景・春』(1912年 33.8×45.7p)のがいいと思った。

今回の展覧会を見終わった今でも、萬の絵っていいのか? と思っている。少なくと長谷川利行(1891〜1940)の回顧展を見たときのような大きな同意はない。

しかし、『鉄人アヴァンギャルド』に載っている萬の言葉には物凄く同意できる(下の「絵の話」『萬鉄五郎の絵と言葉』をご参照ください)。

萬の言葉は「わが意を得たり」というところ。まさにわが画流の祖と言える。それでこの『鉄人アヴァンギャルド』を買ったのかもしれない。

展覧会会場では年譜もよく読んだ。

もともと資産家の出だけど、絵も売れずブレイクもしないで不遇のうちに42歳の若さで死んでいる。

1921年36歳のときに第3回帝展に『水浴する三人の女』を搬入するも落選している。100号以上ある大きな絵だ(と思う)。この絵は切り取って潰して小品にしたとのこと。今回の展覧会

に残った一部分(8号前後)が額装され展示してあった。勢いある筆致が偲ばれる。

故郷で知り合いに多くの南画を買ってもらった話もあった。苦しかったねぇ〜。

死の半年ほど前に16歳だった娘の登美子が病死している。そういう落胆が生きる意欲を減じたのかもしれない。

たくさんの絵を真剣に描いた足跡が残った。立派な生涯だったと思う。

 

17年7月22日

7月18日付のブログに「(ホームページのアクセス数が)7月22日までには間違えなく3万を超える模様。テレビの視聴率などに比べればアホみたいに少ない数字だが、一人で達成したとな

るとけっこう偉いかも」と書いた。3万は30万の間違いだった。

今日はその7月22日。果たして30万に達成したのだろうか?

それはともかく「一人で達成したとなるとけっこう偉いかも」という一文は私の性格の悪さ、尊大さ、威張りン坊、悟りからははるかに遠いクソバカ爺の未熟ぶりをさらしてしまってい

る。馬脚を現すとはまさにこのことか。

クリックしてくださった方々への感謝が全然ない。「一人で達成」できるわけがない。のべ30万人の方々のおかげに決まっているではないか。

本当にありがとうございました。

今後も性格の悪さを隠しつつ、あちこちボロを出しながらホームページを続けさせていただきます。よろしくお願い申し上げます。

 

中学のときの美術の柴山先生は芸大出で油絵も描いていた。この先生の美術史の授業は今も私の美術史の根幹を作っている。美術史だけではなく、社会科の世界史や日本史もいつも柴山

先生の美術史が元になっている。ニーチェがイタリアルネサンスを絶賛し、そのルネサンスを破壊したドイツ人がルターだと言えば「ああ、なるほど」と納得してしまう。別々に暗記す

る大航海時代とルネサンスと宗教改革が関連付けられる。

この柴山先生がある日黒板いっぱいいっぱいに「ミケランジェロ」と書いて、ミケランジェロの業績を熱弁された。それから私にとってミケランジェロは美術史の臍になった。当然世界

史の臍でもある。柴山先生は日本美術史も教えてくれた。でも、牧谿はほとんど出てこなかったと記憶する。

柴山先生が新宿の画廊で個展をした。私は父とその個展を見に行った。父は柴山先生の絵のなかから1点だけ、「この絵はいい」と言っていた。柴山先生の絵は十字架のキリストの絵ばか

りだったと思う。父がいいと言っていた絵もそういう絵だった。ミケランジェロよりレンブラントよりだったかも。ああいうシーンはいつまでも覚えているものだ。

 

17年7月15日

7月10日のブログに美術評論家などは絵に何が描いてあるかばかり述べたがる、と書いた。絵にはイラスト性もあるのだから何が描いてあるかは興味のポイントだけど、そんなことばかり

追っている美術書ってバカなんじゃないの? と思っちゃう。ま、絵画に秘められた画家の意図も汲めない「お前こそバカだ」と言われれば返す言葉もないけどね。

ほとんど目が見えなくなった晩年のドガ(1834〜1917)がアングル(1780〜1867)展に出かけてアングルの絵の表面をなぜながら「いい絵は平らで滑らかなものだ」と言ったそうだ。い

まの時代、展覧会で絵なんか触ろうものなら首が飛ぶ。ちょっとしゃべっただけでも怒られるんだから怖い世の中だよ。恐怖の美術展、か。ま、おとなしく見てさえいれば誰からも文句

は来ない。

もちろんゴッホ(1853〜1890)の絵をなぜたことはないけど、ゴッホの絵は平らで滑らかではないように見える。ゴツゴツしている感じ。

だけど、画面がグニャグニャではない。

下手な絵は画面が泥沼のようになってしまうのだ。バーンというまっ平らな抵抗感がない。鉄板のような頑丈な構成、というか見栄えなのだ。わかるかなぁ?

ゴッホの絵なら鉄板というより巌だ。硬い岩石を感じさせる。ずっと前に横浜のそごう美術館で見たウェールズ美術館展にゴッホとボナール(1867〜1947)が並んでいた。ボナールの絵

がフニャフニャに見えた。自分の絵をゴッホの隣には置いて欲しくない。

水墨画の蘭の絵でも、中国の元時代の雪窓と日本の頂雲とか梵芳を並べてみると、雪窓の蘭の絵は鋼鉄のような抵抗感がある。日本人画僧の絵は華やかだけどちゃっちい。私から見ると

「何が描きたいんだよ」って感じ。狙いが狂っている。絵画の王道めがけてドーンと突き進んでいないんだよね。お断りしておくけど、頂雲(1350年ごろ活躍)や玉?梵芳(1348〜1424)

の蘭の水墨画もじゅうぶん素晴らしいのは大前提。ボナールだって魅力たっぷりなのだ。そこのところはご斟酌ください。

というような絵画の造形の話を残してから死にたいね。父親に教えてもらった「本当の造形の話」だ。

絵を描いていると、あの世から父の声が聞こえてくる。

「お前、何描いてんだよ」「頭冷やせ」

目の前のモチーフに騙されてはいけない。モチーフはキッカケに過ぎない。

深く息を吸って、じっくり対象を見つめ、太めの筆でガーンとキャンバスにぶつかって行く。相撲の立ち合いみたいな感じ、か。

 

17年7月8日

7月5日のブログにも書いたが、古典の彫刻や絵画を慕うのは、絵描きとして当たり前だと思う。今も何十年も前の『ローマ美術館』(講談社「世界の美術館7」)が床に転がっている。

表紙には紀元前460〜450年ごろの浮き彫り『アフロディテの誕生』の中心部分が美しいカラー写真でB4いっぱいに印刷されている。

なんかいいんだよね。胸がスゥーッとするというか、そこに置いてあるだけで嬉しくなる。だから本箱にしまうのが惜しい。ずっと置いてある。

いったいどういう彫刻家が彫ったのだろう? 人間業とも思えない奇蹟の造形だ。どういう修業を積めばこういう造形に達するのか? 何を食べ何を思って暮らしたのだろうか? 穏や

かな人柄だと思うけど、現実には激しく厳しかったりして。

7月7日のブログに画像をアップしておくので見てください。

いやいや私が目指す造形、というにはあまりにも遥か彼方なので、自分の作画と同じ地平で語れないけど、私が憧れる造形ではある。何万年という長いホモサピエンスの歴史のなかから

偶然生まれた奇蹟の鑿の跡だ。いくら見ても切りがない。じっと見つめ、どんどん近づき、首を斜めにして目を凝らしてもその神秘はつかめない。いったいどうやってこの境地に到達し

たのだろう?

私の知る限り、禅の方法、丹田呼吸や己を抑える暮らし向き、『典座教訓』の老禅僧のような心構え、良寛さまが詩に書いた仙桂和尚みたいなスタンスかなぁ。いつも文句ばかり言って

いる私にはこれまた遥か遠い心境だ。

でも、そういうやり方は途轍もなく有効。この東洋の知恵は大きなヒントだ。現生人類の一つの理想を予感できる。われわれ現生人類がこの先もこの地球に長く住める可能性はそこにし

かないようにも思う。古代ギリシアの造形はその知恵を一目で見せてくれている。

見れば見るほど楽しい。

 

17年7月1日

嫁に行った娘の部屋にイーゼルを立ててつくし野の丘を描いた。若いころのマルケ(1875〜1947)みたいな画肌を期待してやっつける。ま、イッキ描きだけどね。

だけど、けっこう巧いんだよね、これが。われながら驚くよ。ま、毎月50枚の油絵を描いていればガンガン描けるわな。文化勲章はもちろん、なんももらっていないけど、私はかなり偉

大なのだ。

と、まさに自画自賛、アホの夢心地になっているところに、家内から「風呂の掃除を忘れないように!」とのご用命。現実に引き戻される。

おっと、今日は風呂掃除の当番だった。わが家はいま家内と私の二人暮らしで、風呂の掃除は2日に1回交互にやっている。

なにが偉大だよ。風呂の掃除は最重要作業なのだ(5〜6分で終わる)。

道元理論でいけば風呂の掃除はチョー当たり前。考えてみれば私の絵が少しでもましに見えるとすればそれは道元禅師のおかげだ。『典座教訓』や『正法眼蔵』にある道元理論を「本当

に正しいな」と思ってひとり実践しているからだ。

品行方正。仏教の八正道に生きる。じっと我慢して驕らない。高ぶらない。普通の社会人なら当たり前の暮らしだけどね。道元禅師はムチャクチャ厳しいのだ。

でもお断りしておくけど、宗門とはまったく無関係です。ひとりで勝手に思い込んでるだけ。実践と言っても厳しさのレベルもわからない。とてもいい加減。いろいろなことに腹を立て

ているから悟りとはほど遠い。ま、はっきり言って悟りなんて信じていない。そんなことより風呂掃除だよ。

後手後手に回っているけど草むしりも大切。

そういうのって将棋で言うと王様を囲う守りの作業。あまり乗り気にならない。

ウォーキングや水泳は攻めの作業だ。

私なら絵は本筋だけど、そうやって暮らしてどういう絵が出来るかって話だ。少しでも牧谿(1280頃活躍)に近づけるだろうか? きっとはるかに遠い。でも方向だけは同じでありたい。

 

17年6月24日

美術作品を作る手順には最初の構想から最後の仕上げまでいろいろな工程がある。その一番おいしいところだけ頂いちゃおう、というのがイッキ描きだ。油彩画はイッキ描きにぴったり

の画材。水墨もいいけど、墨には色がないし、絵具で盛り上げることもできない。油絵具は瞬間的に盛り上げも可能。凄い画材なのだ。ま、しかし、墨だけで油絵具に負けない画面の厚

みを産み出すこともできている。実際にそういう絵がある。はっきり言えば牧谿(1280頃活躍)の絵だけどね。

とにかく、イッキ描きは疲れるのだ。そんなに何時間も続けて描けないし、毎日描き続けることもできない。絵の一番おいしいところは一番疲れるところでもある。

格闘技で例えれば相撲に似ていると思う。瞬間勝負なのだ。相撲って実によくできた格闘技だよね。テレビで見ていてつくづく感嘆する。

陰の稽古がハンパないけどね。最近は八百長がないから物凄く面白い。人気も急上昇だ。

 

で、その一番おいしいところってどこなんだろう?

春のバラのグングン伸びる枝を、こっちもガンガン描く。キャンバスに筆を上下させて勢いよくやっつける。気持ちいいよ。

裸婦のしなやかな背骨を太い筆でグイッとキャンバスになぞる。見事な曲線をそのままでっかく掴み取る。

風景なら空は縦の筆遣い、大地や海は横にはらう。天地を創る神様みたいな気分だ。

そういうのが一番おいしいところか?

ま、ほとんど失敗作だけどね。ときとして「これ、俺が描いたのか?」と思うような画面が生まれる。自分でもびっくりする。それが量産イッキ描きの手法だ。イッキ描きの仕上げは絵

を選定することなのかもしれない。

まったく、子供たちがいなくなったこの借家は絵だらけ。凄いことになっている。外にはブルーシートにくるんだ100号が置いてある。豊橋の家内の実家もかなり占領してしまっている。

 

17年6月17日

この1週間まったく絵を描いていない。画集などもほとんど見ていない。テレビの美術番組も見ていない。小説三昧の日々だ。

それでも6月前半に描いた自分の絵を嫁に行った娘の部屋いっぱいに広げて見てみた。なんか薄暗くてロクでもないんだよね。新開発画法にこだわり過ぎ? 絵は方法じゃない、つーの。

それでも自分がいいと思っていない絵を飾ってもらったり、買ってもらったりするから、やたらと潰せない。困るんだよね。

1点だけF15号を新開発画法の逆画法で描いてみた室内画がある(6月16日付ブログにアップ)。これは薄暗くない。薄暗い絵の逆だからやたら白っぽくて明るい。父が絵具のついていない

絵を「粉っぽい絵」と言っていたが、粉っぽくはないように思う。ま、いろいろな試みは絵を活性化させるかも。裸婦こそ逆新開発画法にぴったりかもしれない。ダメ元でやってみる価

値はある。

方法じゃない。作品の出来じゃない。だけどとにかくやってみないことには始まらない。絵は個人作業だからやってみることに誰からも反対はない。「ああだ、こうだ」ともめることも

ない。寂しいけど気が楽だ。だいたいイッキ描きはダメ元が基本。無駄になるのは絵具だけ。

ほとんど白っぽいトーンで描いておいて、淡い色をちょっとだけつけておく。モランディよりもっともっと淡い絵。だけどしっかり描けていなければならない。しっかり描けていないと

俳句の夏井先生に叱られる。風景なら大地、花なら幹、裸婦なら骨格、静物ならテーブルと背景だ。ということは若いころと課題は変わらないわけだ。そういうことなんだよね。

ボナール(1867〜1947)が言った。

「木馬にまたがるのはいいとしても、それがペガサス(天馬)だなどと思ってはならない」

1968年の上野の西洋美術館でやった『ボナール展』のカタログにある。私が18歳のときの展覧会だ。見に行ったのかなぁ〜〜〜?

このボナールの、意味不明だが意味ありげな言葉は、絵を描くのは勝手だが、出来た作品が名品になる、などとは思ってはならないということか?

そりゃ、絵を描くのは勝手だよね。

私はこの前半部分がとても大事だと思う。誰でも木馬にまたがる権利はある。

巨匠の言葉と言えば、ルオー(1871〜1958)がみずからをセザンヌに託した長い名文がある。以前、このホームページでもご紹介したかも。それは美術出版社の美術選書『ルオー』の冒

頭に載っていた。あまりにもカッコいい名文。機会があったらまたご紹介したい。

 

17年6月10日

テレビ番組『プレバト』の俳句の夏井いつき先生の評価はとても具象絵画的だ。はっきり情景が浮かばない俳句は減点される。また「夢のなか」とか「舞う心」「染まりゆく」などは陳

腐な言葉として排除される。陳腐、月並みはいけない。

最近の美術雑誌の絵なんて、私に言わせればはほとんど「才能ナシ」だもんね。見たくもない。ぱらぱら捲っていて「おっ、これいいじゃん」と思ったら自分の絵だった、なんてことは

とても多い。万単位で描かないとなかなか絵具は付かないのだ。器用な人がそれらしく見せることは出来ても、実際に性根を据えて何枚も描かないと墨や絵具は馴染んでくれない。使い

こなせない。

世間の人もなかなか見破ってくれない。真に目のあるコレクターはなかなか現れない。ムードに誤魔化される。ムードとアカデミックは強敵だよ。

ま、本心、敵なんていう気持ちはない。わたくしメの絵を見ていただけるならそれだけで本望です。

もともと世間とは趣味が合わない。世間はムチャクチャだ。主人公の上戸彩自身が嫌がっていたテレビドラマが映画化されたりする。あんなものを多くの人がよく見ていて評判もよかっ

たということだ。もちろん、私はテレビドラマも見ていなかった。チャンネルをザッピングしているときにちらっと見てしまったくらい。

そんな世間に同意を求める必要はないし、まして媚を売る気はまったくない。勝手にやってろや、ってところだ。

それにしても夏井先生は気持ちいい。溜飲が下がるね。いやいやわたくし俳句はまったく作れませんが、先生には全面的に同意できる。

 

17年6月3日

補色関係は大切だ。黄色と青紫、赤と青緑、青と黄橙。中学生のときに習った。以前は油絵具で12色相の図表をベニヤ板に作って脇に置いておいた。腕に覚えさせなければいけないと、

最近は使っていない。でも、しょっちゅう忘れる。絵は「あっ、綺麗だな」と思ったその気持ちをキャンバスにぶつけることなどという寝言を言っているからだ。いくら「あっ、綺麗だ

な」と思ったって画材の使い方や色の理論(と言っても中学生程度だけどね)を忘れたら話にならない。遠近法の理屈も知っていたほうが有利。それこそ人体解剖の知識だって必要だ。

「あっ、綺麗だな」主義だけでは行き詰まる。

何度も言うが、音楽には厳しい五線譜の制約があり、スポーツにもルールがある。囲碁や将棋にももちろんルールがある。そういう枠のなかで精一杯頑張るのだ。絵だけがルール無用。

ムチャクチャな分野だ。

哲学用語をからませて、評論家がご託並べていると「うっせぇなぁ〜」と思う。思いながらもけっこう読むけどね。さっぱりわからない。書いている本人も分かってないでしょう。私の

国語読解力は偏差値70以上だもの。何度も自慢するけど早稲田大学の転部試験の国語は満点寸前だったのだ。「趨勢」という漢字だけ間違えた。私がわからない文章はほとんどの人にわ

からない、はず。

ルール無用の分野があってもいいけどね。

わかりもしないのにわかったふりするインチキ野郎は許せない、こともないか。自分自身素晴らしい頭脳世界にいると思い込んでいるのかも。意味不明に酔っているのか。「やってろや」っ

て感じ。なんでもOKです。

絵描きだった父は非具象を見ていつも言っていた。

「あいつらは何にも描けないんだよ」

??? 本当だろうか? 巧い奴は五万といるようにも思う。

私みたいな絶対枚数勝負はけっこう希少かも。というわけで、とりあえずキャンバスをしこたま張って地塗りも済ませた。

 

17年5月27日

ヴュイヤール(1868〜1940)、マルケ(1875〜1947)、モランディ(1890〜1964)は私のなかではなんか似ている。穏やかに筆を重ねる画家、みたいな。よく見るとけっこう早や描きだ

けどね。穏やかに見えてかなり激しい。でも筆に喜びがある。マルケやモランディはモノトーン調で色さえ感じない。そこも似ている。

ときどき凄く見たくなる。実際よく見ている。

私のおじいちゃんぐらいの人たちだ。二つの世界大戦のなかを生きた人。恐ろしい時代だ。古きよき時代のパリなどと言うが、パリは何回かドイツ軍に占領されている。人はいい所しか

見ない、覚えていない。レトロなどと懐かしむけど当事者は最悪なのでは。

そういう時代にも、街の片隅のアトリエで筆を重ねていた。その筆には恐怖や怒りも籠っていたかもしれない。

しかし、なぜかとっても穏やかに見える。じっくり丁寧に筆を重ねている感じがする。一筆一筆に充実があり喜びがある。私はこれが絵で一番大切なものだと思う。

それは何度も言うが、描くことそのこと、描いているそのとき、そういうことが一番なのだという姿勢。おそらく結果として出来上がった作品が好ましいものとなる。描いているときに

は世の中のことも吹っ飛ぶのか? 

現代の日本は平和の真っただ中だけど、考えればいろいろな問題がある。切りがない。景気の波も不透明。もちろん、われわれも木の葉のように翻弄されている。

だけど、絵を描いている最中に景気を心配することはない。その前に心配してもどうにもならないけどね。お手上げだよ。

ヴュイヤール、マルケ、モランディなどの先人の筆跡を慕いながら自分も地道に描いて行くしかない。それって、けっこういい人生なんじゃないの。

 

17年5月20日

これは先週のクロッキー会の後で考えたことだけど、ちょうどそのころ『ヴュイヤール』(ギィ・コジュヴァル/遠藤ゆかり訳・創元社「知の再発見」双書)を読んでいる真っ最中でも

あり、当然ヴュイヤールの図版をじっくり眺めていたのだけれど、そういう事情も絡まり合って、あまりにもバカバカしい結論に至ってしまった。

絵って才能なのだ!

ヴュイヤールとかムチャクチャ上手いもんね。素晴らしい才能としか言いようがないよ。『ヴュイヤール』の著者でオルセー美術館の館長ギィ・コジュヴァルの説ではヴュイヤールのでっ

かいパネル画《公園》は「印象派以降の絵画の最高峰に位置するとみなされている」(p76)らしい。私もつい「ヴュイヤールは近代ヨーロッパ絵画の最高」と言ってしまったが、これは

かなり疑問だ。ゴッホもいるしモネもドガもいる。ロートレックもそうとう描ける。口が滑ったかも。

それにしてもみんな描けるねぇ〜〜。

あたしゃ、66歳。情けないよ。

 

以上、数日前に書いた文章。この文章に続くのは当然「そんなの関係ない」である。他人の才能なんてどうでもいい、のだ。気にしてたらやってられない。画材は西洋だけど、もともと

西洋画を描いている気はない。東洋人なんだから東洋画に決まっている。東洋にもいい絵描きがいっぱいいて、素晴らしい仏像があり、水墨画の伝統もある。ま、そういう東洋の先人だっ

て「才能だろが」と言われると「ごもっとも」と答えるしかないけどね。

でも、そういうこと言っていると何にもできないんだよね。才能主義は物凄いマイナス思考なんですよ。で、才能主義の人がほとんど。気持ちいいぐらいみんな諦めている。だから才能

のないわがイッキ描きは「出来た絵なんてどうでもいい、描くこと自体に意味がある」という姿勢になって行く。「1000枚に1枚ぐらいはましな絵が出来る」という希望も統計学的に無茶

な数字じゃないと思う。才能というなら毎数で勝負だよね。でもホント出来た絵なんて気にしていちゃ絵は描けない。実際忙しくて、1枚1枚作品の出来に期待して描いている暇はないも

の。

 

17年5月13日

モネが生涯8000枚しか油絵を描いていないとすると、あの最晩年の睡蓮や藤やバラの筆の跡はどうやって獲得したのだろうか? 単純に計算して、モネ(1840〜1926)の86年の一生のう

ち、絵を描いていたのが70年間として8000枚だと年間120枚、月間10枚、3日に1枚の計算になってしまう。

ま、最晩年のモネの絵は横2mとデカいから面積計算で行けば8000枚でも十分か。

最近わがブログにアップしたモネの藤(5月5日付)やバラ(5月11日付)も横2mだけど、あの絵を仕上げるのにどれぐらい時間がかかるのだろう? 私の見たところ1回描きだと思う。

「うわぁ、綺麗だな」と思う気持ちがそのまま画面に焼き付けている。長くて5〜6時間。もっと短いかも。もちろん私は両方とも本物を見た。絵の具が全然濁っていない。大きさと言い、

絵具の付きと言い、迫力と言い、まったく平伏するしかないよ。80歳前後、というかバラは83歳以上なんだから、どういうエネルギーの爺なのだ!? 嫌になる。

そういう不思議な老人パワーの持ち主画家が美術史上には少なくとも10人はいる。ティツィアーノ(1488/90〜1576)、ミケランジェロ(1475〜1564)、モネ(1840〜1926)、ピカソ

(1881〜1973)、雪舟等楊(1420〜1506)、雪村周継(1504〜1585/1492〜1573)、白隠(1686〜1769)、仙香i1750〜1837)、葛飾北斎(1760〜1849)、富岡鉄斎(1837〜1924)などか?

まだいると思う。大切なのは長命を保ったことではない。絵を描いていた、しかも最晩年に生涯で最高の作品を残したという点だ。人の能力ってどんどんアップして最期に昇華するよう

にパァーっと消えてゆくのか。何度も言うけど私は20歳代の初めからそのことを知っていた。昔の人の絵を見て知っていた。絵だから物証として今も残っている。また禅僧の遺偈の書と

いう物証もある。

上記のような80歳になるためには、もちろんそこまで生きられるかどうかは分からないけど、生きていたとするならば、あれだけの絵を描けるのだろうか? まずは無理というのが正常

な判断だ。だけど今の世の中の絵描きで上記のようなことを知っていてそこを目指して頑張っているのは私ぐらいかもしれない。とりあえずやるだけやるしかない。当たり前である。ま

だ66歳だもんね。若いよぉ〜。嫌になる。

とにかく40歳50歳の壮年のころの作品より90歳になろうとするころのほうが魅力的なんだから一般には考えられない現象だ。本当にいいんだよね。何度見比べても80歳過ぎのほうがいい

のだ。不思議だ。……?????

 

17年5月6日

『ギリシア美術』(澤柳大五郎・岩波新書)を読み返すと、私の屁理屈ってみんなこの本から来ているのか、と思えるぐらい同意見だ。たとえば、私は得意になって「美はない」などと

ほざいているけど、『ギリシアの美術』のp52に「今日いう意味での『美』も『藝術』も『藝術家』も古代には無かったという言語的な詮索はさほど問題ではないと思われる」

よく読むと、ここで澤柳は現代の芸術的見方を肯定しているようだが、肝心なのは古代ギリシア人の意識には「美」がなかったという事実。古代の彫刻家は芸術作品を作ろうとしていた

わけではない、ということ、ここが最重要なのだ。では何のための彫刻か?

神に捧げるためである。だから、遥かに高い屋根の破風を飾る彫像の背中、下から見上げる人々には誰にも見えない背中のところまでしっかり彫ってあるのだ。私はロンドンの大英博物

館で隅から隅まで見尽くしてきた(40年以上昔だけどね=2500年レベルから見たら40年なんて同時だ)。

はっきり言おう。

「くたばれ! ニューヨーク近代美術館!!」

なにが抽象表現主義だ。ずっと表現してろや! クソバカ!!!

近代以降のニューヨーク美術はほとんどみんなヤクチュウ。イカレテいる。

99%の長い人類の美術の歴史をしっかり見直さなければならない。頭冷やした方がいい。

美術の歴史は進化論ではないのだ。「美」「美」「美」。「アート」「アート」「アート」って五月蠅いんだよ。まったくバカばかり。

ピカソまでの99%の人類の筆の跡をよ〜く見直しなよ(彫刻の場合、鑿の跡だけどね)。

特に古代ギリシア彫刻、宋元の禅宗の墨跡。神と仏に満ち満ちているではないか。

奈良の仏像も同質である。

で、神や仏を失った現代のわれわれクソバカ人間がよりどころとするもの。それは行動なのだ。行いってこと。絵を描くことそのことに全身全霊でのめり込むことだ。そこにしか古代に

つながる道はない。

古代の女神や仏像の顔をよく見ていただきたい。素晴らしい諦めの表情。諦めるというのは何もしないということではない。むしろ逆。ただひたむきにじっと静かに深い呼吸をして生を

味わうことだ。生に感謝すること、生を喜ぶことだ。

実際、印象派以降の芸術家たちの奔放な暮らしも納得できないけどね。絵がいいから許すしかないけど、本心キモい。いやいやわたくし目も欲望ギラギラのエロ禿ガッパである。でも自

制するよね。我慢するよ。平和でありたいもの。誰かを不幸にするのは厳禁だろう。神や仏の教えもそういう方向だと思う。

 

 

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