No87 絵の話 2000.11.19更新

求道の画人・プッサン

2022.7.6改訂版

 

プッサンの印象

22年前の日本でのプッサン展なるものは記憶になかった。

その後いまだにプッサン展の覚えはない。

はっきり覚えているのはサンパウロ美術展の踊りの絵。


《プリアポスを讃える踊り》1642〜43年 油彩 キャンバス 167×376p サンパウロ美術館

すぐ模写しようと準備した。右端の女性像だけは模写した覚えもある。プッサン(1594〜

1665)の絵は総合美術展だとたいへん印象深い。魅力ある画面。八王子にある創価学会

の富士美術館で見た「ゲルマニクスの死」 もよく覚えている。複製画をずっと貼ってお

いた。


《ゲルマニクスの死》1628年 油彩 キャンバス 148×198cm ミネアポリス美術研究所

この絵の構図によく似ているダヴィッド(1748〜1825)の《ソクラテスの最期》がある。


《ソクラテスの最期》1787年 油彩 キャンバス 129.5×196.2p ニューヨーク メトロポリタン美術館

ダヴィッドがプッサンの構図をパくったわけではないだろう。オマージュだと思う。

しかし、この2点を比べると画力の差をはっきり見て取れる。

特に色彩を比べるなら、プッサンの絵はまさに輝いている。

ドラクロワの絶賛を待つまでもない。一目瞭然だ。

次にアップした《人生の踊り》も美しい。


《人生の踊り》1638〜40年 油彩 キャンバス 83×105cm ロンドン ウォーレスコレクション

しかし、画集などを見ているとどうもプッサンは大したことがないようにも見える。

どう見てもルーベンス(1577〜1640)のほうが流麗だ。レンブラント(1606〜1669)のほうが

重厚であり、ベラスケス(1599〜1660)のほうが切れ味鋭い。しかし、それにもかかわらずプッ

サンはいい。不思議だがプッサンには名状し難い魅力がある。

 

プッサンの魅力

プッサンの魅力は何か? それはまず古代への熱烈なる情熱である。プッサンの画面

にはイタリアやギリシアに対する汲めども尽きせぬ果てしない憧憬が溢れている。一

筆一筆に切ないほどの思いがある。もちろん色彩は理論的に計算し尽くされている。

色彩画家ドラクロアが絶賛したプッサンの色である。


プッサン
《境界標の前のバッカレーナ》1631〜33年 油彩 キャンバス  100×142cm ロンドンナショナルギャラリー

またプッサンのデッサンはもうそれだけで素晴しい芸術だ。筆とインクを使った淡彩

画は東洋の水墨画のように美しい。私はティントレット(1518〜1594)とプッサンのデッ

サンは特に素晴しいと思う。あのデッサンがあるだけでティントレットもプッサンも、

もうそれだけで十分信用できる。

ティントレット《殉教図のための習作》1575〜1600年 ペン 淡彩 24.7×23.1cm ロッテルダム ボイスマン・ヴァン・ベーニンゲン美術館

 

プッサン《神殿の前のバッカナル》1635年以降 ペンとビスタによる素描 21×32cm ウィンザー城王宮図書館

 

プッサンの時代

ニコラ=プッサンはフランス絵画の祖と言われる。日本でいうと雪舟のような画人。

プッサンは確かにフランス・ノルマンディーの出身だからフランス絵画の祖で文句は

ない。しかし、プッサンは生涯のほとんどをイタリアのローマで過ごしている。プッ

サンが活躍した17世紀のフランスはヨーロッパでは片田舎。伝統的な文化などほと

んどなかった。文化の中心はイタリアであり、新興勢力はハプスブルグ家が支配した

スペイン、フランドル(ベルギー)だった。また、いっぽうはオランダであった。

    

《叙事詩人の霊感》1630年 油彩 キャンバス 184×214cm パリ ルーブル美術館

1621年、フランスのブルボン王朝はマリー=ド=メディティス(ルイ13世の

母)の生涯を大画面に残すべく注文を出した。これを受注制作したのはプッサンでは

なく、フランドルのルーベンスである。縦4メートル、横3メートルから7メートル

という21の大画面がルーブル美術館に現存する。もっとも1621年ではプッサン

は27歳の若さで、美術史家もまだ修業時代に区分している。

はっきり言って、私はルーベンスも滅茶苦茶尊敬している。

 

《黄金の子牛の礼拝》1636〜37年頃 油彩 キャンバス  154×214cm ロンドンナショナルギャラリー

ルーベンスもプッサン同様研鑽の画人だ。古代を愛したという点においてもよく似て

いる。二人とも役人の子で、ルーベンスは若くして絵の才能を認められ、華々しく画

壇にデビューする。いっぽう、プッサンは不運も重なり、修行僧のような絵画道を歩

むことになる。二人とも才に溺れることなく古代の絵画や彫刻を繰り返し模写してい

る。また、自由に模写できる環境にいた。特にルーベンスは水を得た魚のように古代

彫刻やルネサンス絵画を練究し、わがものとした。これに対してプッサンはルネサン

ス絵画よりも古代美術を探究した人だと感じられる。プッサンの絵画には一直線に古

代を慕う造形がある。それはある意味でルーベンスよりも一途に見える。プッサンの

絵を一言で称えるならそれは「端正」という言葉がぴったりだと思う。ギリシャ彫刻

に見られる調和と均衡をひたすらに求めた求道の画家こそ、プッサンなのだ。

    

《ティトゥス帝の凱旋》1626年頃 ペンおよびビスタ 15×27.5cm ストックホルム国立美術館

 

プッサンのデッサン

プッサンのデッサンを見ると、プッサンがどれほど高い精神性に達していたかが伺え

る。それはもちろん大きなタブローにも備わっているのだが、デッサンはもっと直に

プッサンの画境が目の前に展開する。

  

《5本の木》1635年ごろ ペン、黒チョーク、ビスタ 24×18cm パリ ルーブル美術館
《十字架を担うキリスト》1645年頃 黒チョークとビスタによる素描  17×22.5cm ディジョン美術館

最近瞑想の境地というものが科学的にも認められ始めている。脳波を測ったり、脳の

温度で脳のどの部分が働いているかを測定できるようになった。将棋の高段者が難し

い詰め将棋などを考えるときは、脳波がα波になり、脳の右側、すなわち右脳が働く

らしい。熟達の禅僧が座禅に入ったときもすぐ右脳α波の状態になる。

絵も同様だと思う。右脳α波で描いた絵は一目でわかる。これは洋の東西を問わない。

特に東洋の絵は明解。宋元の水墨画など一目瞭然である。油絵でもよくわかる。西洋

の絵は印象派以降は特にはっきりしているが、クラシックでもデッサンを見ると

「やっぱり右脳α波に達していたんだなぁ」と頷ける。

 

《ゲルマニクスの死》1620年代後半 ペン、ビスタ  17.5×24cm シャンティイ コンデ美術館

《われもまたアルカディアにありき》1639〜40または1642〜43年頃  油彩 キャンバス 85.5×121cm パリ ルーブル美術館

最近の日本の絵はすべて左脳β波。それも絵画に必要な空間描写とか質感などに対す

る働きではなく、褒められたい、うまいといわれたい、賞が欲しい、有名になりたい、

売りたいなどロクでもないものばかり。だいたい空間描写とか色彩理論とか質感量感

などは30歳までに習得しておかなければいけない。筆をもったときにそれらが自然

にほとばしるほうでなければ話にならない。いい歳をして左脳β波で描いていてはダ

メだ。考えて描いた絵ではダメということ。右脳α波の線や色で、しかも空間もちゃ

んと描けているようでなければならない。よーく東西のクラシック絵画をご覧いただ

きたい。

つまり絵描きは筆をもったとき、己を忘れ、より鮮明なα波が短時間で得られ、右脳

がすぐ働くように訓練しておかなければならない。誤解のないように言っておくが、

これは覚醒剤や麻薬などを使った境地ではない。ちょっと似ているらしいが、実際に

は正反対の精神状態。

 

 

《ヴィーナスとサテュロス》1630年ごろ? 油彩 キャンバス 97×136p パリ ルーブル美術館

傑作の誕生

実は、裸婦とか花とか風景などを描くというのもすべては方便に過ぎない。重大なこ

とは立派な線が引けること、ぴーんと張った緊張感のなかで、気持ちを集中させて、

雑念を捨て去ること。これが重大なのだ。もっと本音を言えば、絵なんてどうでもい

い。本当にピュアな境地にいることが重大である。絵は道具に過ぎない。しかし、そ

ういう境地にたどり着いていたとしても、いい絵ができることは珍しい。いい絵とい

うのは本当に滅多にできるものではない。そういう境地にいて、手首の動きと絵の具

の配合がうまく組み合わされ、描いたものが対象をしっかり捕えていなければならな

い。これは至難の業である。

ところでプッサンだが、プッサンは18歳のとき2度ほどローマを目指してパリを立っ

ている。実際にローマに着くのは30歳のとき。この間何回ローマ行を試みたかは不

明。30歳以降ずっとローマに住む。46歳のとき2年間パリに帰るが、すぐまたロー

マに戻り71歳で死ぬまでローマにいた。後半生はフランスやイタリアの王侯貴族と

交わる一流の芸術家として過ごすが、絵画の真実を追い求める姿勢は生涯変わらなかっ

た。

 

*以前に書いたプッサンオリジナル記事です。
求道の画人・プッサン(右脳・α波の筆触)00/11/19更新

   

 

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