No74 絵の話 2000.5.28更新
フェルメール的主題
集中する人々
フェルメールの画法
最近はどこもかしこもフェルメール。美術展が引き金らしいが、書店でもテレビでも
美術コーナーはフェルメールで埋め尽くされている。そう言えば、この前の私の京橋
展でも金井社長が画廊の入り口にフェルメールのポスターをしっかり貼っておられた。
これでは当HPでも取り上げないわけにはいかない。水墨画でうつつをぬかしている
場合ではなくなってきた。
「赤い帽子の女」 右図:部分図
板 油彩 23×18cm
ワシントン
ナショナルギャラリー蔵
フェルメールの魅力は何だろう?
一般の人にとっては驚くべき細密描写にあると思う。しかし、細密描写はフェルメー
ルひとりの画法ではない。ほとんどの古典絵画は基本的には細密描写であり、写実に
徹したものだ。第一フェルメールの画面をじっくり見るとけっこうラフなタッチで描
いてある。あんな自由な筆使いであれだけの空間を描き出す力量はハンパな画技では
ない。写真のような瞬間的表情を捉えた作例もある。もちろん17世紀に写真機は発
明されていない。並外れた描写力の持ち主と知るべきである。
「青いターバンの少女」 右図:部分図
(真珠の耳飾りの少女)
1961〜63年頃
キャンバス 油彩 46.5×140.0cm
デン・ハーグ
マウリッツハイツ
美術館蔵
色 彩
さらに、フェルメールの魅力は色彩にある。最近はレンブラントの絵もニスを洗い直
して、ヤニ臭い画肌がバラ色になったりしているが、フェルメールの画面にはモノ
トーンの基調のなかに三原色を巧みに配した見事な調和がある。「ああ、色というの
はこういう風に使うのか」と感嘆させられる。赤と青と黄色の絶妙な使い分けをよく
よく学ぶべきである。
左図:「レースを編む女」 1670年 キャンバス 油彩 24.5×21.0cm
パリ ルーブル美術館蔵
右図:「牛乳を注ぐ女」 1660年 キャンバス 油彩 45.5×41.0cm
アムステルダム 国立美術館蔵
集中する人々
さらにさらに、フェルメールの人気を決定的にしている秘密はフェルメールが生涯描
き続けたその主題にある。主題は集中する人間の姿。
左図:「青衣の女」 1663年 キャンバス 油彩 46.3×39.0cm
アムステルダム 国立美術館蔵
右図:「手紙を読む娘」 1658〜59年 キャンバス 油彩 83.0×64.5cm
ドレスデン 国立絵画館蔵
ものに集中する人の姿は不思議である。何か別の次元に息づくようなオーラを発して
いる。そういう、一種動物的とも言える人間の営み、動物的でありながらもいっぽう
神の領域に足を踏み入れているかのような静かで冒し難い姿。静まり返った「とき」
のなかに計り知れない躍動が潜んでいる。人の全神経が一点に集中している摩訶不思
議な刹那。
左図:ラファエロ「『アテナイの学堂』のためのカルトン」(部分) 1509年頃
チョーク 黒鉛筆 鉛白 2.8×8m(全図) ミラノ アンブロジアーナ絵画館蔵
右図:シャルダン「独楽をまわす少年」 1738年頃 キャンバス 油彩 67×76cm
パリ ルーブル美術館蔵
フェルメールはそういう人間の姿を繰り返し描き出している。
その筆使いは丹念に、そして慈しむように。フェルメールの筆触を200年後に蘇ら
せた画家こそがヴュイヤールだと思う。フェルメールにしてもヴユイヤールにしても
左図:ヴユイヤール「母と子」 1900年 厚紙 油彩 51×49cm
ロスアンジェルス ウイリアム=ゴーツ夫妻蔵
右図:ヴユイヤール「リュニェ=ポーの肖像」 1891年 板 油彩 22×26cm
ドレスデン 国立絵画館蔵
その筆の痕には寸毫の倦怠もない。かと言って躍動するような喜びで満ち満ちている
わけでもない。ただひたすらに、ただ淡々と、時を刻むように飽くことなく筆を重ね
る。
東洋のフェルメール
ところが中国人はこの「集中のとき」を千年も前から描いてきた。
左図:「宮女図」 元 絹本着色 86.1×29.9cm 国宝
中図:蘇漢臣「秋庭戯嬰図」 宋 絹本着色
台北 故宮博物院蔵(この絵はこの博物院のHPに掲載中です)
右図:部分図
もちろん水墨画にも同じ主題はたくさんある。
左図:梁楷「六祖截竹図」 南宋 紙本墨画 72.7×31.8cm
東京 国立博物館
右図:伝羅窓「寒山図」 南宋 紙本墨画 59.0×30.5cm
廻りを見ると
今の日本の美術界にこんなに楽しい主題を描く絵描きは(私を除き)ひとりもいな
い。右脳&α波なんてまったく知らないノータリンばかりだ。左脳ばかり使って、ク
ソ面白くもない絵を描いている。しかも左脳を絵に使っている絵描きはましなほう。
絵のほうはおろそかで売名行為に日夜なけなしの左脳を使い切っている大馬鹿絵描き
も多い。どうか皆様くれぐれも騙されませんように。また、ちゃんとした絵描きもい
るのですから、「現代の絵は一切見ない」なんておっしゃらずに、たまには見てやっ
てください。右脳&α波で描こうとしている絵描きもいるのであります。
ちなみに
脳生理学や臨床心理学によって解明されつつある人間の精神の構造。α波や右脳の研
究がもたらした至福の瞬間。われわれは長い経験によって落ち着きやリラックスの効
用を知っている。眠りに落ちるときの何とも名状し難い心地よい一瞬を毎晩味わって
いる。そういう陶酔のなかに浸りたいがために薬物に頼る輩も少なくない。優れた芸
術が陶酔のなかから生まれることもほぼ知られている。そのため薬物に浸りながら音
楽を創る若者は多い。
しかし、陶酔の本質をしっかり認識しなければならない。酒やたばこも含めて外から
陶酔を誘う物質を摂取することはきわめて危険である。まず止めておいたほうが無難。
特に覚醒剤や麻薬は人間の脳髄を破壊する。シンナーは脳髄を溶かす。
陶酔は寝る前の一瞬で我慢するか、またはヨガなどの修行を積んで自由に陶酔境に遊
べるように自己鍛練するしかない。かと言って、もちろんオームは絶対やめておいた
ほうがいい。人殺しになる。