No54 絵の話1998.7.6更新

色彩のちから

ニッポンの風光

色彩不要論!

もともと絵画に色彩はいらない。 世界最高の風景画が中国宋元の水墨画、最高の彫刻はギ

リシャ彫刻、ヨーロッパ絵画の頂点がルネサンスのカルトン(フレスコと同寸のデッサン)。

すべて色がない。

「墨に五彩あり」と言う。また、ギリシャ彫刻はもともと美しい色彩で彩られていたとも

言う。カルトンでは物足りないという美術愛好家は多いと思う。しかし、口で何と言おう

と、現実の宋元画にも、ギリシャ彫刻にも色がない。また、ルネサンスのカルトンは並外

れて凄い。彩色されたフレスコ画になると画家の気迫がベールを被った ようにボヤけてし

まう。まことに絵画に色はいらない。

    

上の図はラファエロのカルトンとフレスコ画だ。この図だけではちょっと判断がつかない

が、本物を見比べるとその迫力の差は歴然とわかる。

 

金にならない仕事

ところが、世間一般では絵画の命は色彩だと思い込んでる節がある。どうも面白くない。

色なんて絵の本質にはどうでもいいことなのに、たいへんな人気だ。 そこで、当分「色彩

論」に取り組むことにした。

さっきも『知ってるつもり』というテレビ番組で作曲家の浜口庫之介が取り上げられ てい

たが、彼の言葉で、「金にならない仕事をしなくてはいけない」というのがあった。反色

彩主義のわたしが色彩論を述べるのは「金にならない仕事」なのかもしれない。

という前に、このHPがすでに「金にならない仕事」そのものである。もちろんお絵描き

も。

 

ニッポンの色彩

お恥ずかしいが、わたしの絵もよく色を褒められる。ちょっと不本意である。どうも分が

悪い。色など本意ではないのだ。そのうえ、元来日本人はどうも色彩家らしい。もしかす

ると世界最高の色彩家かもしれない。下の左の図は高松塚古墳の女性像だが、この袴の縞

模様は実に見事である。この絵はおそらく朝鮮半島から来た帰化人が描いたものだろうが、

わたしの知る限り、古代の韓国にも北朝鮮にも、こんなに鮮やかな色彩画はない。この色

彩は平安時代の絵巻物に受け継がれたと思う。右の図は 「伴大納言絵巻」。わたしは高松

塚古墳の絵は見たことがない(一般人は誰もないのか?)が、「伴大納言絵巻」は何度か

見ている。最高の絵巻物だと思う。

    

アジャンターの壁画と法隆寺の壁画を比べても、こと色彩に関してなら日本の方が 勝って

いるのではないか。

  

日本人の色彩感覚の素晴しさは「源氏物語絵巻」を見ればさらにはっきりする。世界に類

を見ない美しさだ。下に示したが、これは本物を見ないとまったく話にならない。本物と

印刷物の違いがこれほど明瞭な美術品も珍しい。是非チャンスがあったら 本物を見てくだ

さい。「源氏物語絵巻」に比べると大分落ちるが鎌倉期の「紫式部日記絵詞」の本物も凄

い(印刷ではダメ)。日本の色彩が素晴しいのは、おそらく空気 と光が特別なのだと思う。

特に日本の冬はずばぬけて美しい。高松塚の壁画も日本の空気と光のなかから生まれた色

彩なのではないか? 画家の出身地より作画する場所 の風光が重大なのかもしれない。

 

色彩のゆくえ

この美しいニッポンの色彩は、大和絵としてずっと受け継がれ、戦国の勇壮な障屏画を経

て俵屋宗達に至る。宗達の美は80年の時を越えて尾形光琳に伝わる。これこそまさしく

日本美術の壮大なる色彩絵巻である。そして、江戸時代の錦絵と繋がって行く。

錦絵は色彩豊かな浮世絵のこと。この絵がヨーロッパに伝わり、印象派からゴッホ へ。そ

してフォーヴを生む。

浮世絵は構図と色彩で絵を作る。浮世絵の構図の妙技に最初に目をつけたのは、おそらく

ドガだろう。多くの印象派の仲間が浮世絵のムードの酔っていたとき、ドガは聡明で冷徹

な頭脳で浮世絵を解剖していた。

 

フォーヴの誕生

さらにゴッホは浮世絵の色彩に気がついた。すなわち色彩を有機的に画面に生かす方法で

ある。色彩によって絵を作る。このとき、色彩はデッサンに添えられた薬味では なくなる。

絵画の主人公に躍り出たのだ。この画法を、有り余った若いエネルギーの集団が、吸収、

咀嚼しまったく新しい絵画を生み出した。フォーヴィズムである。

     

上の左は歌磨の傑作。通俗的な大衆文化を芸術の域にまで高める気品がある。構図で空間

を作っている。

右はヴラマンクの若き日の最高傑作。色彩が水面を、舟を、人を、そして空気を表現して

いる。画力というより、若いエネルギーで描き切った渾身の色彩画である。

これを学んだのが佐伯祐三などの日本の美術留学生たち。日本人の狭い了見で語るなら、

ばかばかしいような遠回りだ。もっとも、世界規模での話なら、大変けっこう、けっこう

毛だらけ猫灰だらけである。日本の色彩が全世界に花開いたということだ。 もちろん日本

の色彩にはそれぐらいの価値は十分ある。この後、日本に色彩画家・長谷川利行が登場す

る。 ところが、いっぽう、ヨーロッパにもすばらしい伝統的色彩表現があった。この話は

次回。

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