No68 絵の話 1999.11.1更新

真正なる美人画

惚れてるだけじゃ描けない

ちょっと情けない

最近美術関係のホームページに美術コレクターのページが増えてきた。オーナーが男 性のせいか美人画を好む向きが多い。美術系の掲示版でもしばしば美人画が話題にな る。つい最近も某掲示版でひいきの画家を語り合っていた。しかし、どうも話題にの ぼる絵描きが情けない。今の日本では名の通っている売れっ子作家らしいが、あんな 絵描きの絵はもちろん美人画なんてもんじゃないし、第一絵(純絵画)とも言えるか どうか? 寸毫の気品も感じられないエロとかグロの世界である。ま、ときにはエロ グロも悪くはないが、あんなものがン十万、ン百万で流通する市場があること自体フ ツーじゃない。ま、他人の金だからどうでもいい。私には関係ない。しかしそれにし ても、美術市場には「買ってはいけない」がうようようごめいている。 とそこで、画像つき「絵の話」の登場となったわけだ。題して「真正なる美人画」! 「これぞ、美人画」というのをご覧に入れよう。

涙の画溶液

「惚れて通えばアバタもエクボ」「かわそうたア 惚れたってことよ」などと色恋に まつわる名言は数多い。ちなみに「かわいそう…」は夏目漱石の言葉らしい。

       

私の知り合いには少し絵をやっていて、女に惚れてしまい、彼女を描かせて貰ったが どうにも形がとれず、困り果てて「一からやり直すと」美術研究所に通い、そのまま 絵描きになったバカもいる。

     

一生のうちに人は何度恋をするだろう。男女の差もあるし、個人差もあると思う。し かし、いくら恋多い奴でも30回ぐらいが限界だろう。絵描きだって20〜30回っ てところ。だから一生のうち多くて20〜30枚ぐらいしか美人画は出来ないのだ。 本当の美人画は惚れて描かなければ出来やぁしない。惚れて惚れて惚れ抜く。惚れる ということは命を捨てるということである。これは近松門左衛門の浄瑠璃から始まっ てつい最近の「失楽園」まで同じ鉄則である。魚の鮭だって恋のために命を捨てるの だ。 だから美人画は画料も高い。ン十万、ン百万円しても頷ける。 上の2作品はやるせないほど切々たる思い。実らぬ恋の切なさを画面にぶつけた傑作 である。涙の画溶液で描いた絵だ。美人画とはこういうものだ。なかのモデルも美し いが、絵自体が美しいのだ。こんな奇麗な絵は滅多に見られるものではない。男が女 に惚れるということはそれほど純真であるということ。

狂気の果て

上の2作は、上がフランスナビ派のヴュイヤール。下が中村彜の作品。ヴュイヤール が29歳、中村は27歳のときに描かれた。この30歳代の後半に男は一つの頂点を 迎える。一生のうちで一番魅力のあるときだ。体力も気力も経験も最高潮に達する。 十代、二十代の鍛えはこのときに花開く。若いころ勉強したり身体を鍛えたりするの はいい学校やいい会社に入るためではない。この30歳を前にした素晴しい一時を迎 えるための準備運動に過ぎないのだ。ほとんどの男はこの時期に結婚する。しかし、 ヴュイヤールも中村も未婚のままだった。結婚を捨てて残した傑作が上の2作だと言 える。いい絵というのはそれぐらい凄いものだと思う。  恋も同じ。命を捨ててかかるものだ。一歩間違えれば犯罪者。狂人と化す。「恋に狂 う」とはよく言ったものだ。しかし、ムンクはその狂気を絵にした。

  

この上の絵は版画だが、実に美しい。透き通るような女の肌をモノトーンの版画でこ こまでリアルに表現できるものだろうか? ムンク40歳。 さらに、下の彫刻はラグーザの傑作。私はこの彫刻を見たとき心底驚嘆した。ラグー ザはこのモデルお玉と結ばれている。お玉も絵描きになった。ラグーザが39歳、お 玉は20歳。

  

絵でも彫刻でも、熱烈な思いが、情熱が作品を生むのだ。だから絵は値が張るのだ。 インチキな売り絵に騙されてはいけない。

スペインの情熱

情熱と言えばスペインである。その本場スペインの特上の2点をご紹介しよう。 ゴヤとピカソ。 一般にゴヤと言えばマハだが、私はゴヤの最高の恋の絵はこの絵と決めている。まる でバックに「カルメン」が流れてくるような名作である。ゴヤが57〜8歳の絵。男 はまだまだ現役だから困る。絵でも描いて我慢するしかないか?

   

下の絵はピカソの快作。ご承知のようにピカソほど恋の多い男もいない。美人画の名 作も数多く残っている。この絵は上野の都美術館で見た。ピカソ41歳の恋。

   

「いかにして40代を続けるか?」 これも男のテーマである。銭形平次もジェームズボンドも40代の感じ。 「40、50はハナ垂れ小僧」ということは、まだまだ失敗があるという意味だろ う。失敗というのは事業に失敗するとか女に失敗するとか。逆に言えばまだ立ち直れ る歳ということなのかもしれない。考えただけで息が切れる。

不思議な美少女

下の絵はスペインのプラド美術館で見たが、画家はティントレット。ヴェネツィア= ルネサンスの旗手。ティツィアーノに隠れてもう一つぱっとしない。しかし、実際に は驚くべき大画家。ティントレットのことを語り始めたら切りがないから、ここでは 止めておく。

   

この絵が不思議なのは、これは妹を描いた絵と解説にあるからだ。妹が兄に胸をはだ けてポーズをとるだろうか。第一この情熱の筆触が凄すぎる。いくら最愛の妹でもこ んなに思いが篭るものか? 私はこの絵を見てティントレットに心の底から平服し た。この絵もティントレット40歳ぐらいの絵とのこと。やっぱり妹はないだろう。

ギリシャの美人像

最後にギリシャ美人をご紹介する。

      

この大理石像はギリシャ盛期のものではない。ちょっと時代が下るが、まだヘレニズ ムまでは下らない。紀元前340年頃。イギリスの大英博物館にある。私は中学生の ころからこの像が大好きだった。イギリスで本物も見た。 だいたいギリシャ美人というが、本当のギリシャ原作の彫像は顔が欠けていてなかな かお目にかかれない。この「クニドスのデメテル」(ギリシャ東部のクニドスという 地方から発掘されたデメテルという女神=最高神ゼウスの正妻ヘラの姉妹)はほとん ど完璧に残っている。これは女神像なので恋人を思って彫ったのかどうか何とも言え ないが、「真正なる美人画」にギリシャ美人を入れないわけにはいかない。 さらに日本の浮世絵こそ美人画の宝庫だし、浮世絵以外でも日本には古来よりたくさ んの美人画がある。また、中国やインドにも美人画は多い。そちらはまたの機会にご 紹介したいと思う。 【参考図版】上から順(左右どちらかが全体像) ヴュイヤール(1868〜1940)「赤い水玉の服を着たミジア」 (53.0×49.0cm 1897年頃 油彩 キャンバスに張ったカルトン) 中村彜(1887〜1924)「婦人像」(80.0×116.5cm 1913年 油彩 キャンバス) ムンク(1863〜1944)「ブローチ、エヴァ・ムドッチ」           (60.0×46.0cm 1903年 リトグラフ) ラグーザ(1841〜1927)「娘の胸像」(62.0cm 1880年 石膏) ゴヤ(1746〜1828)「イザベル・コーボス・デ・ホルセール」 (82×54cm 1804〜05年 油彩 キャンバス ロンドン ナショナルギャラリー) ピカソ(1881〜1973)「肘かけ椅子の女」           (81.0×65.0cm 1922〜23年 油彩 キャンバス) ティントレット(1518〜1594)「胸をはだける婦人」            (61.0×55.0cm ?年 油彩 キャンバス プラド美術館) 「クニドスのデメテル」(1.53m 紀元前340〜330年 大理石 大英博物館)


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